文化財の活かしかた
足立区に残る名主・牛込家が建てた長屋門。白漆喰は武家との婚姻関係など深い縁を示す。武家では家臣のアパート、農家では納屋として使われることが多い
私の住まいの近くに、江戸後期に建てられた名主屋敷(なぬしやしき)の「長屋門」がございますが、いつの間にか「指定有形文化財」の看板が撤去されておりました。
どうやら土地が売られ、建物も取り壊されることになったようです。長屋門とは武家屋敷の建築で、家臣のアパートを兼ねた門建築をいいます。武家以外でも村役人などを務める家や、武家と縁戚関係がある豪農が建築を許される、家格の象徴です。
確かに、古い建築物を維持するのは予想以上にお金がかかるもので、やむを得ないことは理解できます。しかし、その反対に「施設を江戸風にしたい」というご相談をいただくこともあるのです。一方では文化財を持て余し、もう一方ではわざわざ「江戸風」を作ろうとしているのですよね。
文化財を廃棄してしまう主な理由は、お金です。そして「江戸風」を欲しがる理由も、お金です。それなのにここが上手く噛み合わないのは「文化財はそのまま保存するべきだ」という単一的な考え方に囚われているからかもしれません。確かにそれがベストですが、「受け継ぐ道」をもっと柔軟に考えれば、様々な道が見つかるものです。
そこで、私は開発企業の方に連絡を取り、次の3種類の方法を提案させていただきました。
❶ 現状をできる限り維持して保存する方法。
❷ 新たな建築物に、全部または一部を取り込む方法。
❸ 建築物のファザードやインテリアに一部を再利用・展示する方法。
❶は、行政やNGO等と組んで、維持管理や費用の補助などを受けることも必要でしょう。このためには、それに見合うだけの見学者が来る、魅力ある施設でなければいけません。
❷は、代表的なのは銀座の歌舞伎座のように、作り直すけれども、以前の姿を維持する方法です。町の景観としての存在価値が高い場合、特に有効です。
流用できる部分だけを使って、あとは新しい建築にしてしまうことで、防災や維持管理が改善されます。建築家・隈研吾さんが仰るように「木造建築は改修して行くのが前提」なわけです。ここは木造建築物の利点を意識して、アイデアを広げてみたいところです。
❸は、もっとも小規模なものです。文化財の一部を建物の正面や屋内に再利用・展示します。長屋門の場合は、象徴的な門とその周辺の梁・柱ですね。これを史料とともに利用することでも、歴史を「受け継ぐ」ことが可能です。
文化財は企業にとっても有益なものです。奈良や木曽馬籠宿(まごめじゅく)など、町全体が歴史的な場合以外では、文化財の保存利用価値はないとお考えの人も多いものですが、それは間違いです。文化財には代えがたい存在感があり、地域のランドマークとして知名度を上げられます。つまり、孤立した文化財は「目立つ」ということですから、企業にとってはこれほどいい看板はございません。
今回の長屋門のある土地を開発するのはスーパーマーケットでした。奇しくも「名主」とは有力な農家のことです。そして、近くの千住宿は江戸の台所と呼ばれ、北関東からの物資・農産物の集積所として栄えた、江戸近郊最大の宿場町です。つまり、この長屋門を看板に「江戸野菜」を展開すれば、これ以上にないブランド効果が期待できるわけです。
最近のスーパーはどこも近隣の契約農家から仕入れる新鮮野菜のコーナーを持っています。長屋門の看板があれば、同じ野菜も「江戸ブランド」として売ることができるのです。さらに、もう少し郊外に行くと、道の駅など地野菜の市が人気です。これを合体させれば、近隣だけでなく、都内全域からも顧客を集めることが出来そうです。
提案はどのように活かされるかは企業さん次第ですが、文化財を上手く利用すれば、180年の歴史と「江戸ブランド」という価値あるものが手に入るチャンスなので、是非活かしていただきたいと願っております。
「自然や歴史はお金では買えない」ものです。いかに有効利用するかアイデアをひねるのはとても楽しいことですよね。
善養寺ススム
1965年生まれ。『江戸の用語辞典』(廣済堂出版)著者。イラストレーター、江戸研究家。江戸時代に育まれた「江戸の間(ま)思考」を研究。その他『江戸の町とくらし図鑑』『江戸の人物事典』『江戸の女子図鑑』『東海道中栗毛弥次馬と江戸の旅』など