歴史資料

絵で見る江戸のくらし 19.伝統建築と和釘

文・絵=善養寺ススム

伝統建築と和釘

薬師寺に使われている千年前の長さ30センチ、重さ300グラムの和釘。西塔の地垂木に使われているが錆びていない。小さい方は平安時代以降によく使われた建築用の巻頭釘。どちらも四角い茎が特徴

 「伝統建築は釘を一切使わない」と、よく言われますが、平成25年に行われた伊勢神宮の「式年遷宮(しきねんせんぐうい)」には、なんと七万本近い釘が使われています。 いったい何処に使われているのでございましょう? 伝統建築と和釘について追いかけてみました。
 宮大工・松浦昭次氏の著書『宮大工千年の知恵』を開いてみると、「長押(なげし)をのぞいて、構造の軸になる部分には基本的に釘は使わない」と書かれています。中世には現代よりも「ずっと質のいい釘があった」とも。確かに釘は使われているのですね。
 つまり、「構造のメインに使われない」というのがその真意なのです。伝統建築は「撓(しな)る」建築であるから、いい塩梅で撓る造りには、撓らない金属の出番は少ない、というわけです。
 実際、構造で使われる長押の部分でも、一本の材に打つ釘は一本だけです。複数本打てばガッチリ固定できそうですが、それではダメっていうことです。長押は柱と柱に渡される材です。これが釘一本でとめられていると、柱が揺れれば長押は釘を軸にして撓り、元に戻るわけですね。 現代とは釘の使い方から違うのです。
 その他に大量に使われている場所は「地垂木(じだるき)」という軒構造を支える土台です。伝統建築の軒下に肋骨のように何本も並んでいるのが垂木で、その一番下にあるものです。垂木は強風から屋根を守るものなので、これも釘を軸に撓(たわ)むことで力を逃がすのでしょうね。
 構造以外では、瓦が瓦釘でとめられます。目に見えるところでは、門まわりに装飾を施された多数の釘や金具が使われているのが見られます。
 このように、実際に伝統建築にも釘はたくさん使われていますが、現代建築の釘と異なり、和釘というのは錆びないのが当り前だというから驚きです。しかも、今から約八百三十年前の鎌倉時代の釘が最強だったというのです。いったい、どんな技術があったのでしょうか。
 踏鞴製鉄(たたらせいてつ)で作られた鋼の中で、玉鋼(たまはがね)と呼ばれる最高の部分が日本刀に使われ、その他の部分や、銑鉄(せんてつ)はさらに加工されて「包丁鋼(ほうちょうてつ)」という材になります。これが和釘の材料にも使われます。
 包丁鋼は不純物が少なく、この純度の高さが錆びない原因と言われています。しかし、最も重要なのは、和鍛冶特有の「折り返し鍛錬(たんれん)」という技術の方だということが、最近の研究で分かっています。
 和釘製作では、日本刀を造るのと同じように、鋼を折っては叩きして、僅かに残る不純物を無害化すると同時に「過飽和酸素鋼」という自己免疫機能とも言うべき性質の鋼を造り出します。それは、一般に「黒錆び」と呼ばれる、酸化被膜を常温でまとう性質です。鉄が錆びてダメになるのは「赤錆び」と呼ばれる進行性の腐食ですが、黒錆びをまとうことで赤錆びが発生しないのだそうです。
 この和釘の鋼は、鎌倉時代までのものが千年持つといわれ、今でも古寺修復では再利用されます。ところが、江戸時代のものになると百~五百年と質が落ち、現代の西洋釘は五十年が限度だそうです。そして、残念な事に包丁鋼を造る「大鍛冶」という技術は現代には継承されていません。そのため、八百三十年前と完全に同じ和釘は造れないのです。
 将来、復元されることを期待したいですね。

 
善養寺ススム


1965年生まれ。『江戸の用語辞典』(廣済堂出版)著者。イラストレーター、江戸研究家。江戸時代に育まれた「江戸の間(ま)思考」を研究。その他『江戸の町とくらし図鑑』『江戸の人物事典』『江戸の女子図鑑』『東海道中栗毛弥次馬と江戸の旅』など

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