経済

prescription_4.jpgのサムネイル画像

輸出より「海外への投資」で稼ぐ時代に 日本の「貿易収支赤字化」・3つの論点

みずほ総合研究所 副理事長 杉浦哲郎

2011年の日本の貿易収支が赤字となったことが大きく報じられた。年間ベースでの貿易赤字は、国際収支ベースで48年ぶり、通関ベースでも31年ぶりであり、貿易立国であり続けた日本にとっての悪影響など、さまざまな懸念をかき立てている。今回は、日本の「貿易収支赤字化」をめぐる議論のポイントについて解説する。

貿易立国・日本の「貿易収支赤字化」の意味

 2011年の日本の貿易収支が48年ぶりに赤字となった(国際収支ベース)ことが、さまざまな懸念をかき立てている。製造業の競争力低下や空洞化の加速、経常収支(財・サービス貿易収支、所得収支、移転収支の合計)赤字への転落、財政赤字ファイナンスの海外への依存と国債金利の上昇などがその代表だろう。半世紀にわたって貿易立国であり続け、それが経済成長の大きな原動力であった日本にとって、貿易収支の赤字化はどこまで深刻な問題なのだろうか。結論を先に述べれば、今後の対応如何で、貿易赤字は懸念するべきものにも、その逆にもなり得る。以下がその論点である。

どこまで深刻な問題か〜論点を整理しよう

【論点1】貿易収支を再び黒字化・拡大させることは可能だろうか?

 2011年における貿易収支赤字化は、燃料輸入の増加などの特殊要因も影響しているが、底流には、海外生産の拡大、新興国企業の成長と日本企業の輸出競争力の低下といった構造要因がある。実際、貿易黒字は2000年代半ばから縮小基調にあった。そして、新興国市場の拡大、現地産業集積の高度化などを踏まえれば、上記トレンドは今後も続き、日本が再び貿易黒字を拡大・持続させることは容易ではない。

【論点2】貿易収支赤字化を、所得収支黒字でカバーして経常黒字を維持することはできるだろうか?

prescription_1.jpg

 所得収支は黒字拡大基調を続け、05年以降は貿易黒字を大きく上回っている(図)。
 日本は既に、輸出以上に、海外投資が生み出す所得(利子、配当)で稼ぐ経済になっていたのである。今後、日本企業の対外直接投資がさらに拡大してより多くの収益を生み出し、それを国内に還流させることができれば、経常黒字を維持することは可能だろう。ちなみに、直接投資残高(10年末67.7兆円)が2倍に増え、その収益率(05〜11年平均5.8%)が米国(20.9%)の半分まで高まると仮定すると、直接投資収益は年10.4兆円増える。それは2005年の財貿易黒字(10.3兆円)に匹敵する大きさである。

【論点3】仮に経常収支も赤字に転じた場合、日本は「双子の赤字」を抱える国となる。それを海外からの資本流入でファイナンスすることに問題があり、それは持続可能な方法だろうか?

 現在は、国債の9割以上が国内で保有され、それがGDPの200%に達する政府債務の安定消化と低金利を支えている。従って、経常収支が赤字化し、国内貯蓄で財政赤字を賄えず海外に依存しなければならなくなったとき、まさしくギリシャのように、海外投資家が国債購入を渋り、より高い金利を求める事態も十分あり得る。
 しかし、危機に見舞われている欧州諸国以外にも「双子の赤字」を抱える国は少なくないし(米、英、加、豪など)、多くの先進国では、国債残高の3〜5割が海外によって保有されている。財務省「債務管理レポート2010」によれば、海外保有比率はドイツ53.6%、米国47.7%、フランス34.7%、英国28.5%などとなっている(09年)。そして、それらの国々で少なくともこれまで、海外投資家の逃避や金利上昇という問題が生じていない理由の一つに、景気回復力に対する期待やグローバル経済におけるプレゼンスの大きさ、財政規律に対する信頼などがあったと考えられる。
 だとすれば、日本が、海外投資拡大を通じて(円高はその大きなアドバンテージとなる)グローバル化を進め、構造改革によって経済成長力を高め、併せて社会保障支出の適正化や税構造の改革によって財政規律を維持することができるならば、経常収支赤字化やそれに伴う国債消化の不安定化は避けられるはずである。しかしながら、日本が、グローバル化を躊躇し財政再建を回避する「引きこもり・先送り」スタンスを続けるのであれば、その懸念は現実化するであろう。

ページトップ

最新記事

最新記事一覧へ