経済

日本経済の動向

一歩前進したが、大きなリスクが残る ギリシャ再選挙後の「欧州経済」を読む

みずほ総合研究所 副理事長 杉浦哲郎

緊迫していた欧州情勢に、変化の兆しが表れ始めている。ギリシャ再選挙(6月17日)で
新民主主義党が第1党となり、急進左派連合政権の登場とギリシャのユーロ離脱というシナリオは回避された。
また、EU首脳会議(6月28、29日)でも一定の成果が見られた。
これで、完全に危機が去ったといえるのだろうか。今回は、ギリシャ再選挙後の欧州経済の見通しについて解説する。

ギリシャ危機の深刻化は「ひとまず回避」

 ギリシャ再選挙で、緊縮政策の継続を訴えた新民主主義党が第1党となり、「急進左派連合政権の登場→緊縮政策の放棄→ギリシャのユーロ離脱」というシナリオは、ひとまず回避された。また、EU首脳会議では、欧州安定メカニズム(ESM)による銀行への直接的資本注入や優先返済権の放棄、銀行監督の欧州中央銀行(ECB)への一元化、ESMによる南欧国債の購入、1200億ユーロの成長・雇用対策がまとまった。それは、信用不安の根源にあった財政危機と金融危機の悪循環を遮断し、景気回復を通じて財政金融への悪影響を緩和しようとするものであった。さらに南欧諸国の財政規律の弛緩やモラルハザード、自国民の負担増を懸念してきたドイツが、各国政府や市場が求める財政支援拡大を受け入れたことを意味した。その結果、市場の緊張は緩和し、7%を超えていたスペインの国債金利は一時6%台前半まで低下した。

 ドイツが意識した「ユーロ維持のメリット」

1207_14_kaleidscope_1.jpg ギリシャのユーロ離脱とそれに伴うユーロ圏経済の混乱が避けられないとみられていた欧州情勢に変化が表れた背景には、各国がユーロを維持することの利益(ユーロ離脱・解体の損失)を強く意識したことがあった。ギリシャ国民は、インフレや金利の低下という通貨統合のメリットを実感していた。そして、ユーロ離脱がインフレや外貨建て債務負担の増大、資本の流出、景気のさらなる悪化という、緊縮策とさして変わらない結果をもたらすと判断し、ユーロ残留を選択したと考えられる。
また、ドイツにとっても、ユーロ圏の混乱がもたらす悪影響は大きかった。経済成長の牽引役である輸出の4割弱はユーロ圏向けで、貿易黒字の半分強はユーロ圏との取引で稼いだものだ(図)。ドイツ金融機関の南欧向け与信額も大きい。また、つい10年前まで「欧州の病人」と呼ばれていたドイツ経済が立ち直った背景には、労働市場改革に加え、通貨統合のメリット、すなわちドイツにとって割安なユーロや、南欧諸国の経済成長と旺盛な輸入需要があった。ユーロ解体がそうした利益を損ねることをドイツは十分に理解していたのだろう。

指摘されない「ドイツ自身が抱えるリスク」

 だからといって、ユーロ危機が去ったとはいえない。危機国支援ファンドであるESMの規模は不十分なままだし、財政支援拡大を支えるユーロ共同債の発行については何の合意もなされなかった。金融システム安定化のよりどころとなる預金保険制度の統合も、今後の課題だ。
ECBは7月5日の理事会で、政策金利引き下げを決めたが、南欧国債購入や銀行向け資金供給など他の支 援策の拡大は見送られた。また、成長力を高め圏内の経済格差を縮小する施策の効果が表れるまでには時間がかかる上、ドイツが求めるユーロ     圏の財政統合・政治統合には、主権     の制約に対する各国の反発が予想される。そうした中、南欧諸国の財政再建が遅れれば市場の不安が再燃し、さらにドイツなど各国やECBの支援が不十分であれば、ユーロ解体論が再燃する懸念は依然として大きい。
さらに、あまり指摘されないが、ユーロ圏経済の牽引役であるドイツが停滞し弱体化するという、極めて大きな潜在リスクがある。先述のように、ドイツ経済を支えてきたのは輸出である。景気後退に陥りかけている欧州経済の低迷が続き、米国や中国の景気が予想以上に減速すれば、ドイツは輸出減少という形でその悪影響を強く受けることになる。また、南欧諸国向け財政支援が増大し、ドイツ自身の財政事情が悪化すれば、国債格付けの低下や金利の上昇が生じるかもしれない。製造業への過度の依存やサービス経済化の遅れ、高齢化の進展、労働者のスキル劣化といった構造問題が、ドイツの成長力を削ぐ懸念もある。ユーロ圏は、危機脱出への第一歩を踏み出した。しかし、危機はこれから何度もユーロ圏に襲いかかって来ることだろう。
 

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