経済

日本経済の動向

投資減少、資金逃避などの影響も日中衝突は中国にとっても大きな経済損失

みずほ総合研究所 副理事長 杉浦哲郎

領土問題を契機に深刻化した日中対立とそれに伴う経済活動の混乱は、ひとまず沈静化したとはいえ、
引き続き日本企業にとって大きなリスクとなることは間違いない。
こうした状況を踏まえて注目されているのが、
ミャンマーやベトナム、カンボジアなど「新・新興国」ともいえるアジアの国々である。
今回は、いわゆる「チャイナ・プラス・ワン」の可能性とリスクについて解説する。

■ リスク分散先として注目されるアジアの国々

 日本企業はこれまで、中国の豊かな労働力や産業集積を生かしつつ、その大きな市場に地歩を築くことで収益を拡大させてきた。しかし、賃金上昇や現地企業との競争激化というここ数年来の環境変化に政治リスクが加わった今、ビジネスモデルの在り方を再考する必要が出てきている。
 そのような中で、生産拠点や市場として中国を補完し、また中国集中リスクを分散する上であらためて注目されているのが、ミャンマー、ベトナム、カンボジア、ラオス、バングラデシュといった「新・新興国」とも呼べる国々である(いわゆる「チャイナ・プラス・ワン」)。それらの国々は、低賃金を活用した生産拠点としての魅力に加え、意欲的な社会資本整備プロジェクト計画、消費市場としての高い成長可能性などによって、これまで以上に多くの日本企業を引き付けている。
 JETROの調査によれば、主要都市の一般ワーカー月額基本給は、ヤンゴン(ミャンマー)68ドル、ダッカ(バングラデシュ)78ドル、プノンペン(カンボジア)82ドル、ハノイ(ベトナム)111ドルなどとなっており、上海(439ドル)や広州(352ドル)の3分の1~6分の1にすぎない。加えて、人口構成が若く真面目で意欲的な労働者が多いといわれていることから、生産拠点としての潜在力は高いと考えられる。実際、ベトナムには電機や食品などの企業が既に数多く進出している。人口規模の大きさも、市場としての将来性をうかがわせる。ベトナムの人口は約9千万人、ミャンマーは6千万人に及ぶ。今後、経済発展が続いて所得水準=購買力が高まっていけば、消費市場としての魅力も増していくだろう。

■ チャイナ・プラス・ワンの「3つのリスク」

 一方で、日本企業がチャイナ・プラス・ワンへの事業展開を図る際に、考慮しなければならないリスクもある。
 第1に、それらの国々でも賃金上昇圧力が高まっており、中国との労働コスト格差は縮小する可能性がある。最低賃金が大幅に上がっている国が少なくないことに加え、(ベトナムでは2013年から最低賃金が3割程度引き上げられるとの報道があった)、労働力を確保するためにより高い賃金を提示する必要があるとの声も聞く。
 第2に、インフラ整備の遅れが、生産・販売のネックになる懸念がある。道路や港湾のキャパシティーの乏しさが、効率的な物流を妨げ、ビジネスコストを大きく押し上げているとの指摘は多い。特に、安定的な電力確保が不可欠な製造拠点にとって、電力不足や供給の不安定さは致命的な問題となり得る。
 第3に、あまり指摘されないことだが、チャイナ・プラス・ワンの国々を目指しているのは日本だけに限らないこと。中国、韓国、台湾企業などとの競争が激化する可能性を視野に入れておく必要がある。中国では賃金上昇に伴い、労働集約型産業は競争力を失いつつあり、ASEAN諸国への移転を進めている。韓国や台湾など、中国での生産を拡大させてきた国々も、賃金上昇や政治的不安定さ、中国への過度の集中は、無視できない事業リスクと感じているはずである。実際、中国、韓国、台湾の対ASEAN直接投資金額(フロー)は急増しており、日本からの投資金額に近づきつつある(表)※。

 チャイナ・プラス・ワンは、日本企業の海外展開にとって、魅力的かつ不可欠な存在となりつつある。しかし、そこでの成功は約束されたものではない。生産性の高さや技術革新、きめ細かなサービスという日本企業の強みを生かしつつ、競合する国々に先駆けて潜在需要を掘り起こし、新しいニーズを創出して、より付加価値の高いビジネスモデルを築く必要がある。
※日本の対タイ直接投資額は11年に急増している(10年1983億円→11年5576億円)が、洪水被害からの復旧という特殊要因が含まれている可能性があるため、10年のデータを用いた。

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