経済

日本経済の動向

新政権の経済政策を徹底検証「アベノミクス」への5つの懐疑

みずほ総合研究所 副理事長 杉浦哲郎

本日開催される特別国会で、安倍晋三自民党総裁が第96代首相に指名される。
既に先週から、大型補正予算の編成を表明し、日銀総裁にインフレ目標を含む政策協定(アコード)締結を要請するなど、新政権の経済政策(アベノミクス)は動き始めている。今回は、新政権誕生による経済への影響について解説する。

■ 市場は歓迎ムードだが、懐疑が尽きない

 安倍総裁は選挙期間中から、大胆な金融緩和と円高是正、公共投資の拡大、成長産業の特定と支援による経済再生・デフレ脱却(大きな政府による経済再生)を主張してきた。安倍政権の誕生に、市場は今のところ肯定的な反応だ。円ドルレートは下落に転じ、日経平均株価は1万円を超えた。しかし、アベノミクスの効果については、懐疑的な見方も少なくない。筆者もその一人である。

懐疑1 さらなる金融緩和でデフレ脱却は可能か

 日銀は10年以上にわたり、ゼロ金利・量的緩和政策を行ってきた。国債や社債などの資産買い入れ基金枠も101兆円まで拡大された。それに伴い、日銀資産残高のGDP比率は32%に達し、米連邦準備制度理事会(FRB)の同比率(18%)を大きく上回っている【図】。
それにもかかわらず、経済は停滞を続けインフレ期待も生じていない。それを金融緩和が不十分なせいだとするなら、どこまで緩和を進めれば民間の投資や消費が回復し、デフレから脱却できるというのか。

 

懐疑2 公共投資拡大が経済再生に結び付くのか

 新政権は、10年間で200兆円という大規模な公共投資を想定している(公明党は100兆円)。確かに、公共投資の効果は速やかに表れ、当面の景気落ち込みを埋め合わせることはできる。しかし、工事が進むにつれて景気刺激効果は次第に薄れ、持続的な成長にも結び付かず、結局財政赤字・政府債務を膨張させてしまったことは、バブル崩壊後の経験が示している。また、防災・耐震化が中心となるのであれば、その乗数効果は低い。

 

懐疑3 200兆円の公共投資の財源を確保できるか

 年間20兆円の公共投資は、過去5年間の平均5.8兆円をはるかに上回り、過去のピークであった1997年度の9.7兆円(いずれも当初予算ベース)の2倍を超える。社会保障支出の増大によって、公共工事を増やす財政的余裕はなくなっている。持続的成長力が高まらなければ税収も増えない。国債発行で賄おうとしても、これ以上の市中消化は容易ではなく、日銀引き受けに対しては財政規律の喪失、インフレ昂進につながるとの懸念が強い。

 

懐疑4 成長戦略は機能するのか

 政府の成長戦略に期待を寄せる経営者やエコノミストは少なくない。しかし、成長戦略的なるものは2000年代以降少なくとも7回も策定・実施されてきたにもかかわらず、経済再生をもたらさなかった。そもそも、政府が5年後、10年後にどんな技術や産業が勃興・成長しているかを見通すことができると考えることに無理がある。
 以上は、アベノミクスの有効性に関わる懐疑である。筆者は、日本経済長期停滞の主因を技術革新や新しい市場創出に対する企業や個人の萎縮と捉えている。それはバブル崩壊や金融危機へのトラウマであり、グローバル化という実態と不整合を来した規制や慣行が、挑戦を阻んできたことの帰結である。だから、金融緩和を進めても、企業は投資や雇用を増やそうとはしなかった。アベノミクスは、そのような「病気の原因」に対処せずに、モルヒネを今まで以上に投与しようとしていると映る。

 

懐疑5 アベノミクスには副作用がある

 最後に、アベノミクスが大きな副作用を伴い、日本経済の再生をさらに遅らせる懸念を指摘したい。行き過ぎた金融緩和は、正常化プロセスへの転換を一段と困難にする。インフレ圧力が高まっても、それが景気回復と共に起きているのであれば、予防的に金融を引き締めることが困難なのが現実だ。財政規律の喪失は、国債の歯止めなき膨張と返済に対する市場の懸念を強め、長期金利を押し上げるだろう。特定産業への経済資源の投入は、潜在的成長力を有する技術や産業・企業の輩出を妨げる恐れがある。IT分野で優れた素材を生産している企業の多くは繊維メーカーだが、それを成長分野だと政府が10年前に認識していたとでもいうのだろうか。大きな政府に抱えられた経済が長期停滞から再生できるとは、どうしても思えないのである。

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