経済

日本経済の動向

早くも、行き過ぎた円安への懸念が出始めた進む円安~「いくらまで」が適正なのか?

みずほ総合研究所 副理事長 杉浦哲郎

円安が進んでいる。東京市場の円ドル・レートは、2011年10月下旬に最高値(75.84円)を付けた後、
70円台後半~80円の円高水準で推移していたが、昨年11月の衆院解散前後から円安に転じ、
2013年1月11日には約2年半ぶりに89円台となった。
こうした円高是正を歓迎する一方で、一部では円安が行き過ぎることへの懸念の声が早くも上がっている。
今回は、「円の適正値」について解説する。

■ 3つの手掛かりで「円の適正値」を探る

 円高是正への期待は大きい。急激な円高が輸出企業の競争力を削ぎ、収益を悪化させ、景気に悪影響を及ぼしてきたことは事実である。世界経済が最悪期を過ぎ、緩やかな回復に動き出しているのだとすれば、円安が輸出を押し上げ、昨年春以降停滞していた日本経済を回復させる可能性がある。
 一方、円安の悪影響を懸念する向きもある。円安によって原燃料輸入価格が上昇し、それがエネルギー価格に転嫁されれば、企業や家計の負担は増える。一部の企業経営者や閣僚は、行き過ぎた円安に対する警戒を表明している。日本経済にとって、適正な円ドル・レートとは一体いくらなのか。以下、3つの手掛かりから考えてみよう。

手掛かり①「貿易収支」は赤字である

 輸出拡大によって日本が大きな対外黒字を稼いでいる時代には、円安は明らかにプラスだった。しかし最近は、輸出から海外生産へのシフトに加え、火力発電用原燃料の輸入増大を受けて貿易収支は赤字化し、海外投資の果実である所得収支などを加えた経常収支を見ても、黒字幅はひと頃の2割以下にまで縮小している(図)。加えて米ドル決済の比率を見ると、輸出が5割弱なのに対し輸入は原燃料を中心に7割を超えており、少なくとも短期的には、円安による輸入支払い金額増の影響が大きく出がちである。日本全体では、円安のプラス効果は期待されるほど大きくないとみるべきだろう。

手掛かり②円高に対応してきた「採算レート」

 内閣府「平成23年度企業行動に関するアンケート調査」によれば、輸出企業(上場企業)の採算レートは82円であり、5年前の107円から大きく円高に振れている。
 また、製造業の損益分岐レートを計算すると、足元では70円前後であり、それは現実の円レートと軌を一にするように変動している。つまり日本企業は、内外における生産や輸出入、決済通貨などの調整、製品・サービスの高付加価値化などによって、為替変動に柔軟に対応してきたのであり、円高・円安の得失をある一定の為替水準をベースに固定的に考えることは現実的ではない。

手掛かり③地産地消が進む「グローバル化」

 「これまでの円高で日本経済は空洞化したではないか」という議論もある。確かに、コスト競争力を失った企業は生産拠点を海外に移し、また新興国などとの競合に劣後して、国内での事業拡大・存続が困難化している。しかし、グローバル化が加速する中で日本企業が成長するためには、事業の高付加価値化とともに、グローバル市場の拡大に対応したビジネスモデルへの転換が不可欠なことや、新興国経済が拡大するにつれて、海外進出の主眼が低コスト労働力の確保から旺盛な現地需要の獲得に移っている(上述の調査によれば、現地需要への対応を重視する企業は54%に上り、かつ上昇している)ことなどを勘案すれば、円安が望ましいとは一概にいえない。
 以上の考察から、過度の円高も問題だが、行き過ぎた円安も望ましいものではない、ということが分かる。ただ、どのレベルが日本経済にとって最適なのか、厳密には分からない。先述した企業の採算レート(中小製造業の採算レートはより円安レベルだと推測される)や英経済誌『The Economist』が算出するビッグマック購買力平価が80円台であることなどから、当面は80円台後半がひとつの目安になると考えることもできる。
 円安トレンドに転じたきっかけは、安倍首相の強い意思を背景にさらなる金融緩和が進むとの期待が高まったことだった。しかし、貿易収支の赤字化、世界経済回復の兆し、先進国における金融緩和政策の一服(FRBでは量的緩和策の終息が意識され始めている)など、そもそも円安に転じる地合いがあったとも考えられる。だとすれば、これからは政策や思惑によって円安が行き過ぎることにも注意を要するだろう。

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