経済

日本経済の動向

持続的な景気回復のカギを握る 「インフレ目標」成否を占う3つのシナリオ

みずほ総合研究所 副理事長 杉浦哲郎

アベノミクスへの期待が、市場を大きく動かしている。この約3カ月で円レートは15~20%下落し、
株価は25%も上昇した。輸出企業を中心に収益予想は上方修正され、経営者のムードは好転している。
今回は、アベノミクス3本の矢のひとつ「インフレ目標」が、持続的景気回復をもたらし、
日本経済の成長トレンド(潜在成長力)を高めることができるかのリアリティ・チェックを行う。

■ インフレと景気のシミュレーション

 安倍総理がまずこだわったのは、日銀と2%のインフレ目標を共有し、その実現に向けて従来以上に積極的な金融緩和を日銀に求めることだった。安倍政権は、それによってデフレ脱却が実現し、日本経済の再生が始まると考えているが、懐疑的な見方もある。以下では、3つのシナリオから金融政策の成否を探る。

シナリオ① 適度なインフレ、景気回復

 日銀がこれまで以上に金融緩和強化に踏み込み、超低金利と量的緩和のさらなる長期化予想が広がる。デフレ脱却への期待から、経営者や投資家のマインドがさらに好転し、国内設備投資や雇用、リスク資産投資が増える。インフレ率は2%まで上昇し、経済再生とデフレ脱却を果たす。インフレがさらに進む気配が見えると、日銀はインフレ目標に従い、金融緩和政策の修正に動く。これがベスト・シナリオで、安倍政権と経済ブレーンは、実現性は高いとみている。しかし実際には、当面の景気回復(既に始まっている可能性がある)は、海外景気の好転によって輸出が伸び、財政支出の拡大と相まって景気を牽引するという従来の回復パターンに近いものになる可能性もある。その場合は、海外経済のダウンサイド・リスクや、円安の影響(プラスとマイナス)、公共投資の持続性、国内設備投資や雇用への波及次第で、景気回復の持続性やデフレ脱却までの時間が左右されることになるだろう。それを慎重にみるのが、以下のシナリオである。

シナリオ② デフレ持続、景気停滞

 これまで、景気回復下でも国内投資や雇用・所得が十分に増えなかったことが、経済成長の持続力を削ぎ、デフレ脱却を遅らせてきた。その背景には、国内市場の停滞と新興国市場の拡大、グローバル競争の激化があった。国内生産・輸出というモデルから、成長市場や近隣地域での製品開発・生産というモデルへの転換が進み、新興国の生産力拡大に伴い、競合する分野では賃金抑制圧力が強まった。その結果、国内投資は停滞し、雇用・所得は伸び悩み、消費も低迷した。デフレの主因を、こうした国内需要の停滞や賃金下落に求める向きも少なくない。実際、消費者物価指数(酒類以外の食料品とエネルギーを除く)は1998年秋以降、景気回復下でも下落基調を続けてきた(図)。
 だとすれば、イノベーションや高付加価値化、規制緩和などによる新しい市場創造とそれに伴う雇用・賃金の回復がなければ、持続的景気回復やデフレ脱却は実現しない可能性がある。
政府がそれを強く意識するとき、政策の重心はイノベーションと、それをよりよく生み出す環境の構築に向かうだろう。

シナリオ③ インフレ進行、景気停滞

 最も悪影響が大きいのは、景気回復が不十分な中で、金融緩和の拡大が続く場合である。景気停滞から抜け出せなければ、金融緩和圧力は一段と強まるだろう。金融政策に、デフレ脱却だけでなく雇用回復を期待すれば、なおさらそうなる。金融政策の目標は、インフレ率から名目GDPの水準や成長率などに拡張されるだろう。目標を上回るインフレ率が許容され、日銀の購入資産が一段と拡大・多様化しても、景気回復が実現しなければ、あり余る流動性は株式や不動産に向かい、資産価格上昇やインフレが進む。その結果、国民の生活水準は低下し、長期金利が上昇して景気をさらに停滞させるかもしれない。
 今後の経済政策を分けるのは、デフレは景気停滞の原因か結果かという認識の違いや、金融政策に対する評価の差異である。しかし、こうした政策論争に加え、これまでの非伝統的な金融政策がなぜ成果をもたらさなかったのかを客観的に検証する必要がある。例えば、量的緩和政策の下でスタグフレーション(景気停滞と目標を上回るインフレ)が生じている英国は、ケーススタディーとなり得る。政策担当者や研究者には、理論だけでなく事実をもって議論してもらいたい。

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