経済

日本経済の動向

米国で起きている「変化」を見逃すな「米国製造業革命」と日本のモノづくりの課題

みずほ総合研究所 副理事長 杉浦哲郎

米国製造業の復権が注目されている。2009年6月の景気の底以降、生産は18%拡大し、
雇用もこの約3年間で50万人増えた。このような雇用回復は、1990年代央以来のことである
(92年10月~98年3月で89万人増)。ミクロの動きを見ても、元気な企業が増えている。
今回は、米国製造業の復権の背景と、比較してあぶり出される日本のモノづくりの課題について解説する。

マクロ・ミクロどちらも好調な米国製造業

 米国の生産、雇用回復が著しい(リード参照)。ミクロの動きも活発で、フォードなど大企業による国内生産拠点拡充、国内生産回帰の動きが多く報じられている。また、3Dプリンティングなど革新的な生産技術や、それらを活用した製品、企業の輩出も盛んである。オバマ政権も、法人税減税や生産・研究開発に対する支援などを通じて製造業復権を後押ししようとしている。背景には、輸出競争力の強化といった現実的要請に加え、「イノベーションを生み出す源泉はモノづくり」という考え方がある。

「製造業復権」のけん引力はまだ限定的

世界の製造業GDPにおける各国のシェア

 製造業復権の要因が、いくつか指摘されている。第1に、シェールオイル・ガスの生産拡大によって、米国のエネルギーコストが低下した。第2に、新興国労働者の賃金上昇に伴い、生産性格差を加味した米国の労働コスト競争力が回復してきた。第3に、3Dプリンティングなどの生産技術革新に伴う製品開発・生産における柔軟性・迅速性の高まりが、海外への生産委託に対する国内生産の優位性を回復させた。それらは、米国が生産拠点としての魅力を取り戻しつつあることを意味している。
 しかし、だからといって製造業がポスト金融危機時代の米国経済成長のけん引車になると見るのは気が早過ぎる。確かに、生産規模で見れば、米国は中国と並ぶ製造業大国である(右図)。その強みは、情報通信、航空宇宙、医療などのハイテク分野だけでなく、自動車や建設・農業機械など伝統分野にも及ぶ。しかし、米国経済に占める製造業の比重は、雇用者数で見ても名目付加価値額で見ても小さく、かつ低下している(12年では雇用9%、付加価値額12%)。
 また、エネルギー価格低下の恩恵を大きく受けるのは石油・ガス、化学など一部にとどまり、製造コストに占める人件費比率は必ずしも高くないとの指摘がある。さらに、最近の生産技術革新は多品種少量生産や試作品製造に強みを発揮するものの、素材・部品の大量調達や最終製品の効率的な組み立てでは、中国など新興国がなお強い競争力を有していることも事実だろう。米国製造業の経済全体へのけん引力は、現時点では部分的、限定といえる。金融危機後の生産や雇用の回復は、危機に伴う落ち込みが激しかったことの反動とする見方もある。

日本のモノづくりが「学べること」は多い

 ただし、米国製造業の復権が、「モノづくりのあり方の大きな変化」を示しているのは間違いない。まず、技術革新が競争力の所在を変えつつある。3Dプリンターの発達によって、きめ細かなニーズに対応した多品種少量生産が効率的かつ低コストで行えるようになり、ベンチャー企業やニッチに強い中小企業の成長余地が大きく広がっている。製造業のイニシアチブは、大量調達・大量生産が得意な大企業の独占物ではなくなりつつある。
 また、革新的な技術やアイデアの重要性が一段と増しており、製造企業・産業の成長に必要な人材の質が変化している。生産工程での作業が人からロボットなど自動化機器に置き換わる一方で、設計やデザイン、ソフト開発、マーケティング、知財戦略などの業務に関わる高度なスキルを持った労働者に対する需要が増大している。議会調査局の調査によれば、米国製造業におけるサービス職の比率は63%で、日本(32%)を大きく上回る。
 モノづくりは日本経済のけん引車だが、近年、その競争力は円高やエネルギーコストの上昇、企業・生産拠点・人材の海外流出(空洞化)、開発・生産と販売のミスマッチ、マーケティング能力の劣化などによって、大きく損なわれてきた。それを補うべく、円安や電力料金の引き下げを求める声は強い。しかし、米国製造業復権の実態を見る時、それだけで日本のモノづくり産業が復活できるとは限らないことが分かる。それだけ、世界のモノづくりのあり方は、大きく変わろうとしている。米国製造業革命に学ぶことは多い。

 

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