経済

日本経済の動向

「先進国停滞、新興国成長」のシナリオが変わった新興国経済の「減速」に備えよ

みずほ総合研究所 副理事長 杉浦哲郎

新興国経済が不安定化している。インド、インドネシア、ブラジル、トルコといった国々で、
資本流出とそれに伴う通貨や株価の下落が目立つ。欧州発の金融危機後、
新興国経済の成長に頼ってきた日本を含む先進国の企業は、こうした動きをどう捉え、対応していくべきだろうか。
今回は、新興国経済「減速」の実態と、今後の見通しを解説する。

新興国経済の「変調」はなぜ起きたか

 図 民間債務(GDP比)

 2013年のピークからボトムまで、インド・ルピーの対ドルレートは29.5%、株価は11.8%下落した(最近はやや持ち直している)。通貨下落はインフレを引き起こし、資本流出に拍車をかける。それを回避するための利上げが景気を悪化させるという悪循環が、ブラジル、トルコ、インドネシアなどで起きつつある。経済協力開発機構(OECD)は経済見通しで、先進国経済が持ち直す一方、新興国経済が減速しダウンサイド・リスクに直面していると指摘した。金融危機後に一般化した「先進国停滞、新興国成長」というシナリオは、大きく変わった。新興国経済を不安定化させている要因は、3つある。
 第1は、米連邦準備理事会(FRB)が、金融緩和の縮小を検討していることだ。FRBは、毎月850億ドルの債券購入を通じて金融緩和(いわゆる量的緩和)を強化してきたが、景気回復を受けて、購入額の縮小に踏み切る可能性が高まっている。それに伴い米国の長期金利が上昇し、新興国に投資されていた資金が米国に回帰している模様である。その影響を特に強く受けるのは、インドやトルコなどの経常赤字国である。FRBは、9月17~18日の公開市場委員会(FOMC)で今後の金融政策を議論する。ここでFRBがどのような決定をするのかが、新興国の経済や政策を大きく左右することになる。
 第2は、新興国経済に内在する構造的な脆弱さが強く意識されていることだ。例えばインドは、資源の多くを輸入に依存する(だから経常赤字が大きく、インフレが進みやすい)一方、輸出産業の成長が遅れており、通貨安でも輸出が増えない。また、規制緩和の遅れや不十分なインフラ投資が、対内直接投資や国内設備投資の拡大にとって大きな制約になっているという。中国では、投資依存型成長がもたらした過剰設備が経済成長の抑制要因となる一方、制度改革の遅れから、消費主導型成長への転換は進んでいない。主要産業では国有企業の寡占化が目立ち、民間企業の成長が妨げられているとの指摘が多い。
 そうした脆弱性をカバーしてきたのが、金融緩和政策や海外からの資金流入による国内債務拡大だった。中国の地方政府関連機関や企業、アジア諸国での家計債務の増大はその現れだろう。実際、中国やアジア諸国の国内債務残高/GDPは既往ピーク水準に達している(図)。しかし、多大な債務が不良化すれば、金融システムの不安定化や国内投資の抑制によって経済成長に強いブレーキがかかる。
 第3は、中国経済の減速が及ぼす影響である。多くの新興国は、中国の高成長から多大な恩恵を受けてきた。シンガポールや台湾はGDPの2~3割を対中輸出に依存するし、資源価格の上昇はインドネシアに大きな利益をもたらした。また、タイやベトナムのように中国人観光客の増大によって潤ってきた国も多い。中国の景気減速は、そのような国々にとって疑いようもなくマイナスである。

新興国の「危機への耐性」は強まっている

 では新興国は、1997年のような危機に再び見舞われるのだろうか。当面は「NO」だろう。前回危機以降、新興国は外貨準備を大きく積み上げてきた。その結果、対外支払い・返済能力を示す輸入額や対外短期債務残高の対外貨準備比率は、前回危機前の水準を大きく上回る。さらに、各国とも経済成長に伴い国内需要が拡大してきており、輸出減少のショックを吸収できる余地も大きくなった。債務の水準も、先進国より低い。一方、新興国経済の停滞が長期化するリスクもある。構造改革が進まなければ、資本流出や通貨下落とその経済成長、経常収支、財政バランスへのインパクトは増幅され、金融システムを揺るがす臨界点に新興国経済を追い込むかもしれない。
 いずれにしてもわれわれは、先進国の異例の金融緩和や過大な期待によって、実力以上にかさ上げされていたかもしれない新興国経済の減速に向き合う必要がある。それは、新興国向けの投資だけでなく、新興国の高成長を見越した国内投資、為替レートなど、広範囲に及ぶだろう。

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