経済

日本経済の動向

世界経済は正常化したのか?リーマン危機から5年~3つの「後遺症」

みずほ総合研究所 副理事長 杉浦哲郎

米大手証券会社リーマン・ブラザースの破綻(2008年9月15日)から5年が過ぎた。
当時の危機の深刻さがあらためて思い起こされると同時に、経済活動や金融市場が正常化しつつあるという認識も広がってきた。しかし本当に、危機の傷痕は癒えたといえるのだろうか。
今回は、リーマン危機後に根深く残る「後遺症」と、世界経済への影響について解説する。

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実質GDPは戻ったが、後遺症は残る

 リーマン危機から5年が過ぎ、米国では、実質GDP水準は既に危機前のピークを5%弱上回った。日本でも日銀短観による業況判断DI(大企業)が危機前の水準を取り戻し、実質GDPも7-9月期には危機前のピークを超えたとみられる。また、危機によって脆弱化した欧米の金融システムも、自己資本の増強や規制・監督の強化によって安定性・安全性が増したといわれている。
 しかし、これで危機の傷痕が癒えたとみるのは間違っている。危機の後遺症はそこかしこに残っており、それは今後の経済を大きく制約する可能性が高い。

 第1に、実質GDP水準は危機前に戻ったかもしれないが、これまでの成長トレンドとの乖離(需給ギャップ)はなお大きい。 日、米、ユーロ圏についてみると、2013年の実質GDPは、トレンドGDPをそれぞれ5.9%、7.8%、11.2%下回っている。それが低い設備稼働率や高い失業率をもたらし、正規労働者の減少や賃金停滞といった労働市場の質的劣化を招いている(右図)。

 第2に、大きな需給ギャップを埋めるべく行われてきた財政支出の拡大と積極的な金融緩和の経済刺激効果が明瞭でない中で、その副作用の大きさや政策規模縮小時の混乱に対する懸念が高まっている。 特に、FRB(米国連邦準備制度理事会)の量的緩和縮小への動きは、長期金利の上昇とそれに伴う住宅需要の減速に加え、新興国からの資金流出や通貨下落、インフレといった混乱を引き起こしている。また、財政緊縮が景気を悪化させる一方で、赤字削減の遅れが財政規律弛緩への懸念を招く恐れがある。中国では、行き過ぎた投資やそれを支えた信用膨張がもたらす悪影響に対する懸念が強い。
 世界経済は、大規模なマクロ経済政策に支えられてようやく回復しているのが実態であり、政策の正常化と自律的・持続的経済成長を実現するまでには、まだかなりの時間と努力を要すると思われる。

 第3に、危機をきっかけに成長のダイナミズムが失われ、潜在成長力が低下している可能性がある。OECD(経済協力開発機構)の研究によれば、金融危機を経験した国では、その後の潜在成長率が危機前より低下するという。また、政府債務残高/GDPが90%を超えると、経済成長率が低下するという指摘もある。背景には、企業・家計のバランスシート調整に伴う投資・支出抑制や金融仲介機能の低下、長期金利上昇、資産価格下落、財政緊縮による景気押し下げなどさまざまな要因があると考えられるが、危機は経済により幅広い変化を引き起こして、成長力を削ぐ可能性がある。
 米国では、企業の研究開発投資回復の遅れが顕著であり、新規創業ペースも鈍化していることから、イノベーションが停滞する懸念がある。また、労働者の衰退分野から成長分野へ移動が進まず、生産性上昇を抑制しているという指摘もある。企業は、なお多くの手元流動性を積み上げており、それが投資や雇用を抑制している。

「危機後」の世界経済を軸に戦略を立てよ

 こうした危機後の変化は、バブル崩壊以降の日本経済が直面してきた問題でもある。そこから脱却すべくアベノミクスが構想された訳だが、現時点で資産効果や期待の高まり、財政による景気刺激策、消費増税前の駆け込みによって景気は回復しているものの、潜在成長率の引き上げが実現するかどうかは現時点では分からない。
 しかし、仮に長期景気停滞とデフレから脱却できたとしても、われわれが直面するのは経済のダイナミズムや成長トレンドが低下し、外的ショックに対して脆弱になった世界経済である。それは、グローバリゼーションやイノベーション、低コストの信用拡大とリスクの縮小に支えられて高成長を謳歌していた危機前の世界経済とは明らかに異なる。今後の経済政策や経営戦略は、こうした世界における経済成長の断層とそれがもたらすリスクを前提として策定されるべきである。

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