経済

日本経済の動向

エコノミストが現地で聞いたドイツ中堅・中小企業が強い「5つの理由」

みずほ総合研究所 副理事長 杉浦哲郎

ドイツ経済は、金融危機後の大きな落ち込みから素早く立ち直り、ユーロ圏経済の支柱となってきた。
そのような頑健さの背景として、2000年代前半に行われた労働市場改革の成果を指摘する向きが多いが、
強い競争力を持つ多くの中堅・中小企業の存在も見逃せない。
今回は、ドイツ中堅・中小企業の強さの源泉を、現地での取材を踏まえて解説する。

■不況期にも中堅・中小企業が 収益を伸ばす

 ドイツでは、中堅・中小企業が企業数の99.6%、従業者数の79.2%、付加価値の51.8%を占めており、経済を支える重要なプレーヤーとなっている。それらの企業は「ミッテルシュタンド(Mittelstand)」と呼ばれる。金融危機後に業況が大きく落ち込み回復も緩慢な日本とは異なり、ミッテルシュタンドは不況期にも収益を伸ばし続け、文字通りドイツ経済の成長牽引役となってきた。また、その収益率は高く、低収益に悩む日本企業と対照的である(図)
 その強さの源泉は何かを探るべく、先般ドイツを訪れ、政府機関やエコノミストらと意見交換してきた。その中で筆者が重要だと感じた要素は、以下の5つであった。
 第1は、各企業が特定の分野(ニッチ領域)で、強い競争力を有していることである。それは、産業用機械から電子機器、生活用品などさまざまな分野に及ぶ。企業は品質の高い製品を国内で生産し、きめ細かなアフターケアによって顧客をフォローすることによって、「Made in Germany」のブランド価値を上げ、強い競争力と高い付加価値を実現している。「Hidden Champions」と呼ばれる、あまり知られてはいないが特定分野で世界最大手の地位を占める企業の過半数がドイツのミッテルシュタンドである背景には、そのような戦略がある。
 第2は、グローバル化を積極的に進めていることである。ニッチ製品の国内市場が限られていることもあり、ミッテルシュタンドはグローバル市場での事業展開に積極的である。大企業の後について海外に出るパターンは少なく、始めからグローバル市場が経営戦略に組み込まれている。特に、販売ネットワークの充実と顧客との接点強化、アフターケアの充実に力を入れており、それは高付加価値経営を支える重要な要素と考えられている。
 第3は、優秀な人材を確保できていることである。ミッテルシュタンドは、外国語に堪能で海外での事業展開に適応できる人材を積極的に採用している。高い付加価値を生む人材には、手厚い処遇で報いる。また、高卒者で職業訓練を受け、高い生産技術を身に付けた若者も数多く入ってくる。働く側も、ミッテルシュタンドを働きがいがある安定した職場と認識しており、大企業に入れなかったからではなく、第1志望として応募してくる若者が多いようだ。
 第4は、多くのミッテルシュタンドが、家族経営の非公開企業だということである。それが、長期的視野に立った経営や、優秀な従業員の確保・教育を可能にしているという指摘は多い。
 第5は、経営に強い独立性、自立性が見られることである。多くのミッテルシュタンドは、大企業の下請けではなく、自らの販売ルートで世界中の顧客にアクセスしている。また、不況下でも政府の支援に頼ろうとしない。その背景には、グローバル化に伴い下請け的な業務の収益性が悪化した(大企業からの値引き要請が強まり、また東欧諸国に下請け業務が流出した)、政府の財政緊縮策の下で大きな政府支援が期待できなかったという事情もあったといわれる。
 当然、「強いミッテルシュタンド」にも課題がある。家族経営であるが故に、経営者は円滑な事業承継に心を砕いているようだし、少子高齢化による高スキル労働者の減少も懸念されている(南欧諸国からの移民がそれを補うと期待される)。また、市場構造の変化に対して事業や製品の革新をどのように進めてきたのか、3Dプリンターに象徴される製造システムの技術革新にどう対応しようとしているかなど、今回の取材で明らかにできなかったテーマもある。しかし、ミッテルシュタンドが実現してきた高付加価値ビジネスモデルとそれを支える諸要素は、日本の中堅・中小企業経営のあり方にとって大いに参考になることは間違いない。

ハーマン・サイモン著『グローバルビジネスの隠れたチャンピオン企業~あの中堅企業はなぜ成功しているのか』(中央経済社)

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