経済

日本経済の動向

「再び円高」という可能性も円安は続くのか~2014年の為替シナリオ

みずほ総合研究所 副理事長 杉浦哲郎

アベノミクスは日本経済の風景を大きく変えたが、その最大の推進力の一つが、円安だった。
とりわけ輸出型大企業にとって、円安は大きな収益回復要因となり、株価も上昇した。
こうした円安傾向は、今後も続くのだろうか。
今回は、企業経営に大きな影響を与える為替について、2014年の見通しを解説する。

 

■メインシナリオは「円安持続」

 2012年9月末から2013年12月末にかけて、円は対ドルで約25%、対ユーロで約30%、それぞれ下落した。それ以前の円高期にコスト削減や事業再編を通じて収益力強化を図ってきた企業にとって、円安は大きな収益回復要因となり、それを受けて株価も上昇した。円安はまた、国内生産の競争力を回復させた。7-10月の船舶海外受注額は前年比3倍に増えているし、国内生産比率を引き上げる電子機器メーカーもある。
 今後も円安は続くのだろうか。多くのエコノミストや市場関係者に共有されているシナリオは、「円安持続」だろう。米連邦準備制度理事会(FRB)が資産購入額の削減(=量的緩和の規模縮小)に向かい長期金利が上昇する一方で、日銀はデフレからの脱却を確実なものにするためにも「異次元の金融緩和」を続けると思われ、それに伴う日米金利差の拡大が円安要因となる。原発停止に伴うエネルギー輸入の増大や、グローバルな競争力・生産構造の変化による電機製品の輸入拡大を背景に、日本の貿易赤字が拡大していることも、円を押し下げる。
 またユーロ圏では、財政危機・金融危機がひとまず沈静化し、景気も回復に向かいつつあることや、銀行が財務体質強化のために対外資産を圧縮し資金を域内に還流させていることが、引き続きユーロ高・円安要因となる。

■それでも「大幅な下落」の可能性は低い

 図 実質実効レートの推移

 ただ、円が既に割安な水準になっていることを考慮すれば、ここからさらに円が大きく下落する可能性は低いだろう。実質実効レートでみると、円は2000年以降で最低水準にあり、その期間平均値を22%も下回っている。それに対し、ドルの平均値からの乖離は−11%、ユーロは−1%弱にとどまる(図)。また、日米の企業物価水準やビッグマック価格で測った購買力平価は、100~70円/ドルである。つまり、円は既にかなり割安な水準まで下がっている。
 また、日本経済全体としてみれば、さらなる円安の進行を手放しで喜ぶこともできない。これ以上の円安が輸入コストの一段の上昇を招き、内需型産業の収益悪化をもたらすことに対し、財界首脳は懸念を示している。また、円安による交易条件(輸出価格/輸入価格)の悪化は、国内経済資源を用いて生産した財・サービスを海外に安売りすることを意味し、国内購買力が失われることになる。

■米国・新興国次第では「上昇」の可能性も

  むしろ、円が再び上昇する可能性に留意する必要がある。
 FRBが量的緩和の規模縮小を進める背景には、米国の景気や雇用が順調に回復していることがある。しかし、最近高まっている「米国経済は持続的停滞局面に入った」という議論が正しければ、景気や雇用の回復はやがて勢いを失うだろうその時、金融緩和縮小は先送りされ、日本経済の頑健さ(消費増税のマイナス影響は短期間で終息する可能性が高い)が相対的に注目されることになる。
 より大きな要因は、新興国経済の変調だ。米国金融政策の変化や新興国経済が抱える構造問題(自由化の遅れ、経常赤字、財政赤字など)への懸念の高まりは、既に新興国からの資本流出を招き、通貨下落やインフレといった問題を引き起こしている。さらに、タイやバングラデシュで高まる政治的混乱、インドなど選挙を控えた国の政治的不透明さが、投資家の懸念を強めている。中国経済も構造改革を進めようとする中で、不動産市場の変調やシャドーバンキング問題など金融システムの不安定化に直面している。  それらが、リーマンショック後のように「安全通貨」としての円に対する評価の高まり=円高をもたらすかもしれない。いずれにしても、2014年の為替レートは「円安で決まり」とは限らない。為替市場は、なお不確実性に満ちている。

“IMF Fourteenth Annual Research Conference in Honor of Stanley Fischer”におけるLawrence Summersのスピーチ(2013年11月8日)、小田切尚登「サマーズ元財務長官の『長期停滞論』が巻き起こした大論争」(エコノミスト、2014年1月14日号)など

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