経済

日本経済の動向

円安定着が追い風に|コストから見た製造業「国内回帰」の可能性

みずほ総合研究所 チーフエコノミスト 高田 創

今年に入り、製造業の「国内回帰」というキーワードがマスコミで多く取り上げられるようになってきた。
円安の定着や中国などでの生産コスト上昇といった要因により、日本国内での生産が一定の競争力を回復しつつあるということだろう。このトレンドは今後も続くのか、また本当に足元での国内生産コストは「国内回帰」を促すほどのものなのか。分析結果を基に考察した。

 
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生産コスト面からは「国内回帰」に追い風

 2015年入り後から、日本企業の国内回帰事例が増加している。具体的には、家電や自動車、電子部品などの分野で、国内への生産移管や国産部品の調達増などの動きが出ている。例えば、キヤノンは複写機やカメラなど高価格帯の製品について、国内生産比率の引き上げを計画している(=国内工場の稼働率引き上げ)。また、ソニーは画像センサーの国内生産能力の増強を発表した(=国内投資積み増し)。さらに、日産自動車は2016年モデルから国産部品の採用を拡大する予定である(=国内調達率引き上げ)。
 では、足元で生じている円安によって、国内生産コストがどう変化したのか。みずほ総合研究所では、単位生産コスト(実質産出1単位当たりの生産コスト)の水準を国際比較した。その結果、単位生産コストのうち、人件費の部分(単位労働コスト)についてみると、日本は2013年以降の円安によって低下したが、中国などの新興国と比べると、依然として大幅に高い水準にある(図1)。
 しかしながら、部品などの中間投入コストまで含めたコスト(単位労働コスト+単位中間投入コスト)については、日本と新興国との差が、ある程度縮小しているとみられる(図2)。


(注)単位労働コスト・単位中間投入コストはドルベース 。単位労働コスト=(労働コスト(各国通貨ベース)×為替レート)/(購買力平価(基準年で固定)×実質産出(各国通貨ベース))。単位中間投入コストも同様の計算式。購買力平価と実質産出の基準年は2005年とした(以上の計算式はHooper and Larin(1989)"International comparisons of labor costs in manufacturing"を基にしている)。
(資料)Timmer (ed) (2012)"The World Input-Output Database (WIOD): Contents, Sources and Methods"、Inklaar and Timmer (2012)"The Relative Price of Services"、OECDより、みずほ総合研究所作成
※みずほインサイト「製造業の国内回帰シリーズ」もあわせてご参照下さい。

 
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条件は「円安の継続」

 この結果からみると、今後も円安が続けば、生産コストの面からは国内回帰の動きが広がる可能性があることが示唆される。
 試算からも示されるように、現在の円安で新興国とのコスト差は縮小している。それゆえ今後は、国内回帰の動きが生じやすいとはいえる。
 ただし、立地拠点の選択にはコスト以外の要素も多い。日本企業は、長期にわたる円高の下で海外に生産拠点を移す決断を行っていた。よって、ここ2年で円安が生じたからといって、国内にすぐ戻す決断ができるとは限らない。従って、今後国内回帰の動きが本格化するには、円安傾向がもうしばらく続き、円高に再び戻る不安がある程度払拭されるという条件が必要となろう。
 同時に、日本企業としても円安に頼るだけでなく、新規産業分野の開拓などによって、内外拠点双方の成長を図ることが必要だろう。

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