経済

日本経済の動向

デフレマインドの転換には政府介入も必要か|賃上げをめぐる政策対応

みずほ総合研究所 チーフエコノミスト 高田 創

2016年の春季労使交渉は、昨年を上回るベースアップが見込まれる。
政府の賃上げ要請もあり、2016年の主要企業の春季賃上げ率は2.50%程度と、前年を上回る水準になるとみずほ総合研究所では予測している。一方、デフレ脱却にはより高い賃上げ率が必要と考えられる。
今回は賃上げをめぐる政策対応などについて解説する。

 
1

賃上げ率は上昇の見込み

図1 春季賃上げ率


(注) 中小企業は100〜299人規模の企業
(資料)厚生労働省資料より、みずほ総合研究所作成

 2016年の春季賃上げ率の予測において、2015年のインフレ率・成長率の低迷はマイナス要因となるが、企業業績の好調さや人手不足感の高まりはプラス材料である。
 当研究所では、2016年の主要企業の春季賃上げ率を、前年を上回る2.50%程度と予測しているが、これは、賃上げ率と物価の長期的な関係からみて、日銀がかねてから掲げている2%の物価目標と整合的な水準には届かない。物価目標(2%インフレ)の安定的な達成には、過去の相関を振り返れば、更に高い水準である4~5%の春季賃上げ率(定昇含むベース)が必要となる。
 また、春季賃上げ率の推移をみると、2015年の賃上げにおいては、主要企業と中小企業の間に開きがみられる(図1)。雇用者数では中小企業は主要企業を上回るだけに、個人消費の改善には、中小企業の賃上げが鍵を握ることとなろう。足元、企業収益が上場企業では最高益に近いこと、中小企業でも原油安の恩恵が波及することで、徐々に賃上げに前向きな動きが展望される。

 
2

デフレ脱却に求められる政策対応

図2 実質賃金の見通し


(注) 毎月勤労統計調査の特別給与(賞与など)は、30人以上の事業所のサンプル替えが行われた年に低めの数値が出る傾向にある(直近では2015年1月に実施)。事業所規模30人以上の夏季賞与の前年比を夏季一時金の妥結状況の数値(毎月勤労統計調査とは別統計のため、サンプル替えの影響を受けない)とギャップ修正が行われた年のダミー変数により推計した結果、サンプル要因による下押し分は5%Pt程度と試算される(推計期間:1996〜2015年)。夏・冬ともに同程度の下押しがあると仮定し、賞与の支給時期である2015年4〜6月期、10〜12月期の実績値・予測値からサンプル要因を除いた。
(資料)厚生労働省「毎月勤労統計」、「民間主要企業夏季・年末一時金妥結状況について」より、みずほ総合研究所作成

 賃上げに関して、経済財政諮問会議では、600兆円の名目GDP達成には、年間3%程度のベースアップが必要と指摘されている(2015年11月4日、議事要旨)。さらに、政府は2020年のGDP600兆円を目指すべく、最低賃金水準の年3%引き上げの方針を掲げた。賃上げに政府が関与することへの是非はあるものの、デフレ脱却という難病に向けた「手術期間」には、上記の官民対話、最低賃金引き上げに加えて、公務員給与引き上げ、賃金目標の4つをセットにしたような包括策も必要と考えられる。
 実質賃金の推移をみると、消費者物価は原油価格暴落の影響から低位で推移しており、2015年後半にプラスに転じているとみられる(図2)。今後、物価が上昇しても賃金が上がらなければ、実質賃金は低下し、景気回復のメリット感が生じにくく、アベノミクスへの不信につながる。デフレ脱却は賃金の引上げと一体でないと政治的にも通りにくい。日銀の金融政策上も、インフレ目標に賃金目標を組み込むことが考えられる。
 賃金の引上げに対するこれらの政府の対応は、過度な介入との見方も根強い。ただし、金融政策で金融機能を一時的に低下させる「麻酔」をかけて「難病の手術」に対処するのと同様、労働市場や賃金形成への意識を人為的にかえるには、一定の政府介入も必要悪とされる。歴史的には、米国の1930年代の大恐慌時代に、デフレ回避のため、一定の政府介入により価格体系を変えるべく、カルテルが容認された事例などがあった。官製相場との批判はあるが、インフレへの対処とデフレへの対処には非対称性がある。デフレマインド転換は、たとえ官製相場とされても、あえてそれを促すような「劇薬」がないと、なかなか実現できない。

ページトップ

最新記事

最新記事一覧へ