新しい産業への進出によって本業を活性化させ、さらなる成長へ
―まずは、「フロンティア事業」の役割、意義についてお話いただけますか?
内藤 建設業は他の業種や分野の企業との連携に慣れていない業界と言われていました。その上に、ここ20年ほどの長期不況の影響によって本業自体も徐々に弱体化しています。また、全般的に建設業界のマネジメントは、日本的経営の特質を引きずっているところもあります。こうした状況下、フロンティア事業をスタートさせたのは、新しい産業へのアプローチによって事業分野的にも経営的にも、活路を見出そう、といった目的があります。新しい産業への進出によって本業そのものも活性化させて、さらなる成長を目指そうといった考え方です。
―おっしゃるように、建設業界は古い体質がいまだに残り、なかなか新しい発想のマネジメントが出てこないといった声をよく耳にします。
内藤 建設業は、経営力の高い元請け企業と、専門性の高い下請け企業で構成されておりますが、全体としての経営力や戦略力は必ずしも強くありません。
ただ、異なる専門性を活用しながら共通の目標を達成するような行動をとることには慣れた経営力を持っております。こうした流れの中で現状を打破しようという企業が出現し、これまで建設業で培ってきたノウハウ・技術を活用するなどして新産業へ進出するケースが目立ってきました。追い詰められた状況で、フロンティア事業につながったと思います。
建設業とは畑違いの新分野でもそれまでのノウハウが活用できる
―具体的にはどのような産業へのアプローチが多いのでしょう。
内藤 一つは、建設業に関連し、そこから派生したビジネスですね。リフォームや環境ビジネス、都市・社会インフラ整備などが代表的です。もう一つは建設業とはまったく違う新分野のビジネスに参入した事例です。その代表といえば、農業です。建設業と農業はどこにも接点がないように思えますが、実際の事例を見るとそうでもない。
―そういえば『建設業しんこう』でも、建設重機で畑を耕し、建設資材でビニールハウスを作って温室栽培にチャレンジしている会社を取り上げたことがあります。
内藤 農業一筋でやってきた人には分からない、建設業者ならではの視点が役立つこともあるはずです。農業に進出した事例の良い点は、多かれ少なかれ地場産業の振興に寄与している点です。農業を今後の成長産業にするためにも他分野との連携が必要でしょうし、その意味で、建設業との連携に期待する声は大きいと思いますよ。
―TPPへの参加が現実味を帯びる中、その対応策として建設業が培ってきたノウハウや経験がプラスに働くかもしれませんね。
内藤 それから、日本の産業界で見ると、元気がいいのは非製造業です。少子高齢社会の進展の中で医療や福祉、介護、保育園や幼児教育などの分野の需要は今後右肩上がりで伸びていくことは間違いないでしょう。特に介護・福祉ビジネスは、今後とも成長が見込まれる有望分野です。
培ってきた建設業の技術を新分野に応用すべき
―建設企業に新規参入のチャンスがある?
内藤 有望視される半面、数年ごとに改定される介護保険点数と、サービス体系そのものの大幅な変更といった「制度リスク」に対応していくことが事業者に求められます。また、極めて労働集約的な事業でありながら慢性的に人材が不足するという深刻な課題もあり、非常に厳しい経営環境に直面していることも事実です。
―つまり、介護・福祉ビジネスだけをやっていては苦労が多く、進出メリットが少ないということですか。
内藤 建設業と連携することによって収益性の高い、新しいビジネスに生まれ変わる可能性もあります。今回のフロンティア事業でも、そんな新しいビジネスモデルで全国展開を進めている事業体がありました。
―そうですね。“目から鱗”の事業もありますね。
内藤 地場産業の観光と結びついて、これを盛り上げていこうといった事例もありましたね。観光産業の分野にハードのノウハウを持つ建設業が進出することで、これまでの展開とは違ったものになるはずです。
新しいマーケット、新しい需要を発掘する!
―フロンティア事業に採択された91の事業はユニークなものも多く、進出した分野のジャンルも幅広いですね。
内藤 これまで培ってきた建設業の技術を新分野に応用することが可能となるケースが生まれています。これぞフロンティア事業の狙いであり、それによって新しいマーケット、新しい需要を発掘できればそれに勝ることはありません。
―新しいマーケット、新しい需要の創出ですか。
内藤 日本経済が置かれている最大の問題は、需要が不足していることです。デフレ経済が続く中、人々はあまりモノを欲しません。
―今まさに政府がやっていることはいかに需要を喚起させるかです。 内藤 ええ、これはすべての産業における課題とも言えるわけで、ここに建設業がどう絡んでいけるか、何を提案できるか、そこが一番のポイントになってくると思います。 ―そのためには柔軟な発想が求められるでしょうね。 内藤 安倍政権が掲げる「アベノミクス」でも新分野をつくりだすことが重要課題になっていますから、その点でも建設業にとっては、現在絶好のチャンス到来でしょう。フロンティア事業はそこに“種をまいた”という意味合いになるはずです。
建設業との連携が求められる機会も出てくるはず
―ただ、簡単に需要創出といっても一筋縄ではいかないし、難しい問題です。
内藤 ここ10数年、日本人の勤労者の給与は減っています。政府が需要曲線を高める政策を取ろうとする中で、これは致命傷になりかねない話ですが、今年に入って一筋の光明が差してきました。
―どんなニュースですか?
内藤 小売り大手のローソンやセブン&アイ・ホールディングスHDなどで、社員の賃金を相次いで引き上げるというニュースです。
―賃上げの流れが広がり消費が拡大すれば、業績拡大に寄与するとの思惑もあるでしょうね。
内藤 日本経済の不況を反映して、2011年は大学生の就職率が91.0%と過去最低を記録しました。世の中には、ギリギリの生活をしている若者も多いと聞きます。不安定な社会にあっては、若者に限らず、「できるだけ消費は控えたい」という人は少なくありません。安心してお金を使う気になりませんからね。
―そんな日本経済を立て直すにはどうすればいいとお考えですか?
内藤 全体的な収入面のレベルアップに加えて、不動産価格や株価を上げて資産価値を高めることも必要だと思います。特に高齢者は資産が目減りすれば危機感を抱いて消費意欲を抑制させてしまいますので、資産効果を高める政策も必要でしょう。若者でも年配者でも誰もが安心して消費できるように、その道筋をつけてあげることが大事です。
―まったくその通りですね。
内藤 需要の創出と簡単に言っていますが、かつての建設業は需要を生み出すことが苦手な産業でした。
―作ることに専念してきた産業ですからね。
内藤 しかし、フロンティア事業がいいきっかけになるかもしれません。日本の産業全体が需要創出を求められる中で、建設業とのコラボや連携が求められる機会も増えるはず。その時に、フロンティア事業での経験が生きてくるのではないでしょうか。
次の世代で活躍する人材を育成する責務がある
―建設業が新分野に参入する場合、成功するケースとなかなか陽の目を見ないケースの2つに分かれると思います。その差はどこにあるとお考えですか?
内藤 新事業への進出の成功・失敗や、ベンチャービジネスの立ち上げの成否は、事業の技術力やマーケティング力の成果だけが要因ではありません。環境変化や、事業への取り組みの時期など、不確実性の高い要因にも依存します。さらに、社内に新分野へ参入する企画が持ち上がったとき、ほとんどの経営者は、儲かるのか、儲からないのかを、自分の過去の経験から判断します。それは、本人のこれまでの知識や経験のなかの判断です。それが経営判断ですね。すごく斬新で伸びる可能性のあるアイデアがあったとしても、過去の事例に照らし合わせて該当しないものは「ダメ!」と切り捨てるでしょう。でも、実際はやってみないと分かりません。
―実際に新分野に参入した会社の経営者の言葉で印象的だったのは、フロンティア事業に取り組んだことで社員の考え方や視点が変わった、それだけでも取り組んだ意義があった、というものでした。
内藤 経験豊かな経営者ほど慎重に経営判断しますから、過去の成功経験に引っ張られて新しい芽をつぶしてしまいがちなんです。でも、それでは新しいビジネスを創出する可能性も低くなるでしょう。経営者は時代の変化や方向性に敏感で、かつ有能なミドルを育成し、戦略経営を確立することが必要です。
―新分野への挑戦には、若い人たちのパワーも必要でしょうね。
内藤 それは絶対に必要ですね。そのためにも次の世代で活躍する人材を育てていくことが業界全体の責務だと思います。個々の企業だけでやるのは限界がありますから、業界団体だったり、財界団体だったり、そういったところが研究所をつくって人材育成をしていく必要があると思います。いくら素晴らしい戦略を立てても、それを支えるのは人材ですから。建設業企業はもともとマネジメントが得意な企業とはいえないので、ぜひ業界レベルで協調して人材育成に注力してほしいですね。
―分かりました。本日は長時間、ありがとうございました。
建設企業の連携によるフロンティア事業の概要
同事業の対象は、少なくとも2つ以上の建設企業の連携体で、予定する事業期間の過半を超える期間において、新たに技能者、技術者、若年者その他の事業実施に必要となる者を1名以上雇用し、事業期間終了後も継続して雇用する見込みがあること。当初の助成額の上限は、1,000万円。平成23年2月に公募を行い、所定の審査を経て91件が選定された。平成24年2月、事業の熟度の高い連携体を対象とする500万円の追加助成に32件を選定した。助成業自体は平成24年12月で終了しましたが、今後も当基金が引き続きフォローし、推進の状況をお伝えする予定である。