人材確保・育成

建設業の担い手不足にどう向き合うか ~担い手の確保や女性活躍等の更なる促進に向けて~

戸田建設株式会社 代表取締役社長(一般財団法人 戸田みらい基金 理事長)今井 雅則 氏
一般財団法人 建設業振興基金 理事長 内田 俊一

 

 
 戸田みらい基金設立の経緯
 

 
今井氏

内田 本日は、建設業の人材確保・育成について、さまざまな意見交換をさせていただきたいと思います。まずは、昨年10月に設立された「 一般財団法人戸田みらい基金 」(以下「みらい基金」)について、設立の経緯や狙いをお伺いします。
今井 2013年に社長に就任して以来、国内12支店と海外も加えた全事業所の訪問を年2回実施しています。社内だけでなく協力会社も含め、起こっている問題や発生原因について、話を聞く中で、このままでは建設業の担い手がいなくなり、工事ができなくなるという危機感を共有しました。そこで、我々として何ができるのか社内と協力会社の皆さんと一緒になって検討し、素早く具体的に動けないかということで「みらい基金」の構想が立ち上がりました。
 「みらい基金」の事業目的は、①若手技能者の採用・育成及び資格取得に係る助成、②女性技能者の継続就労に係る助成、③外国人技能実習生の受け入れに係る助成で、応募の中から、趣旨にふさわしいもの、本当に世の中に役立つもの、若者に役立つもの、担い手に役立つもの、建設業の魅力向上に役立つものをピックアップし、助成支援していくものです。
内田 担い手問題に財団を作って取り組まれるという構想を最初にお伺いしたときには、そんなやり方もあるのかと意表を突かれた思いでしたが、全事業所を回られ、社員の皆さん、そして協力会社の社長さんたちとも会社のありようについて意見を聞くという、地に足のついた活動の中から生まれた構想だったんですね。支援の対象は協力会社だけに限られているわけではないそうですね。
今井 対象は、当社の協力会(利友会)に限定せず、全ての専門工事会社等としています。これは、地方では協力会以外の企業と仕事をすることもあり、対象を広くすることが、建設業における課題の解決という事業の趣旨に適うと考えたためです。
 今は一般財団法人としてスタートしましたが、いずれは公益財団法人として、もっと広くやっていきたいということも考えています。
 ただ、一企業で行っているので、それほど大規模にはできません。とは言え、今後の市場環境を考え、今できることをやっておかないと、将来的にはもっと厳しくなるのだろうという思いがあります。発注者の理解もあり、市場環境もよく、他のゼネコンと同様収益状況が良くなってきていますので、その分社会貢献として還元していきたいという思いもあります。
内田 10月に発足され、今年度の募集はすでに締め切られていますが、どのような申請が何件くらいありましたか。
今井 今年度は若手技能者の助成についてのみ募集し、現在、全部で13件の応募がありました。その中で興味深いのは、北海道の日高地域人材開発センター運営協会からの応募で、テーマは「土木技術者の養成研修」。内容は、日高地区では工業高校が無い中で土木技術者を養成する必要があり、管内の新入社員に対して、例えば、建設会社の仕事の流れとか現場単位の仕事の基礎的なことも教え、技術者を養成していくという内容です。
 協力会社の皆さんも、採用のため全国の工業高校を回っていますが、地域によっては、建設関係の学科がなくなっている場合もあり、対象を普通科高校まで広げているそうです。ただ、やはり少しは専門的な知識を教えておいた方がいい。このような活動が増えてくると、工業高校に建設関係の学科が復活することもあるかもしれません。そういう意味では、地道に実行していかなければならないと思います。

 

 
 技術の変化に伴う必要な人材の多様化
 

 
内田理事長

内田 地元に工業高校の建設系学科がないというお話しが出ましたが、特に地方の社長さんたちはこの問題にずいぶん悩んでおられます。私立大学でも土木学科がなくなってきている。
 建設業向けに人材を育てる学校があるということは非常に大事なこと。工業高校の土木学科・建築学科を出たら、しっかりした建設会社に就職できて、きちんと一人前に育つ、そうした評判で受験生が増えていく、こういう循環を作っていくことが必要だと思います。高校生の採用についてはどうお考えですか。
今井 現在のところ当社では普通科の高校からは採用していませんが、工業高校にも採用を広げています。
 建設業自体もIT化に伴い、問題点を技術の発達でカバーできる状況になってきています。ただし、そのためには例えばi-Constructionに取り組むなら情報系の社員、洋上風力発電など発電事業を行うなら電気の資格を持っている人が必要になります。今までの建築・土木だけではない世界となっており、発揮すべき能力が多様化しています。建設の仕事を行うには、まず、専門的な知識や物事の本質的な理解が必要です。これらを基に頭や体を動かして業務を行っているわけですが、最近は、情報系のツールの支援を受けて効率的な管理などを行う時代になってきている。工業高校のカリキュラム自体も変えていく必要があるのかもしれません。今までのような「きつい、汚い」ではなく、「希望のある、夢のある、かっこいい」という世界を作っていけるようになると思うのです。
内田 工業高校から地元のゼネコンに入社して5年目という若者に話を聞いたことがあります。「建設業は力仕事だと思っていた。力なら負けない自信があったが、実際には頭を使う仕事。もっと勉強しておけばよかった」と言っていました。反省の言葉なのですが、第一線の現場監督として頭を使いながら仕事をこなしていることへの自信や誇りを感じました。そういう意味でも、いま、今井さんが、おっしゃった事を若者たちにもっと伝えていくことは大事なことですね。
今井 BIMやCIM(※)の導入が進んでおり、これらを活用しなければ各職種間の調整や問題点のシミュレーションがなかなかできないような時代になってきています。これからは、改修やメンテナンスといったその後のアフターケア、ファシリティマネジメントもBIMの情報でやっていく時代に必ずなります。
内田 新しい分野ができ、かつての高度成長期のように高卒で入った技術者と大卒で入った技術者が現場でしのぎを削る時代がもう一度来るかもしれませんね。
今井 工事のシミュレーションができますから、暗黙知やこうしたらダメだというような経験に頼らなくていい。知識がなくてもBIMを使えばシミュレーションができるため、いろんなチャレンジもでき、問題点を少なくできる。安全性を高め生産性も上げられるような工法や部位の切り方、組立方法などを確認できる。勘のいい人なら現場をひととおり経験すれば、あとはBIMを使ってシミュレーションし、どう現場を動かしていけばいいか判断できるようになると思います。

(※)BIM~Building Information Modeling、CIM~Construction Information Modeling

 

 
 若者の定着と教育訓練の重要性
 

 
図1 仕事の選択で最も大切なもの
内閣府「若者の考え方についての調査(H24)」より作成

内田 若者に「仕事の選択で最も大切なもの」は何かと聞いた内閣府の調査(図1)、があります。安定していて、好きなことが出来て、収入がよくてと、あれもこれもという若者らしい結果なのですが、一番多く選ばれているのは、「安定していて長く続けられる」という選択肢でした。
 せっかく建設業界に入ってくれた若者たちが、高卒だと5割、大卒でも3割が3年以内に辞めてしまう。なんとか止めないといけない問題ですが、実は若者たちにとってもこれは不本意な結果だということになります。
 いま、建設業の現場から教える余力がなくなっていて、若者たちから見ると半年経っても1年経っても仕事を覚えられない。長く勤めようと思っていたのに、「どうも自分がいるところじゃないな...」と見切りをつけてしまっているのではないか。建設業に入ってからの教育訓練、特に新人の教育訓練は非常に大事だと思います。
 最近の新入社員の教育訓練において、戸田建設で特に力を入れていること、こんなことを始めたということがあればご紹介いただけますか。
今井 4月に入社したら初期教育を行ってから現場に配属した後、夏に 富士教育訓練センター で土木・建築・事務の全員を集めて合宿を行っています。既に3年程やっていますが、基礎技術を全員に共通で学んでもらいます。事務系の社員も同じように墨出しをしたり鉄筋や型枠を組むという経験をする。1週間、全員でやるためヨコのつながりもでき、レベル的にもある程度統一できる。その後、また現場に戻ってもらうという形を取っています。最初のレベルを上げて再び現場に戻り、そこでさらにレベルを上げていってもらうのです。職種によって、何年かごとに集めて訓練を行います。
 当初、心配していたのは既に働いていて、教育を受けていない先輩社員よりもレベルが高くなってしまうかもしれないということでしたが、それはなさそうです。新入社員が一定のレベルを持っているということで、先輩たちも自らのレベルをもっと高めていくということで発奮する、そういう作用も働いているようです。
内田 富士教育訓練センターには全国からいろんな職人さんが集まって来ますから、そういう方と寝食を共にするという面もよい効果があるかもしれませんね。
今井 定着率も、東日本大震災前までは超繁忙期など状況が悪いときは新入社員の中に3年未満で辞める人がいました。震災後もしばらくは、各自治体が不足する技術系職員の中途採用を行い、それに引っ張られて辞めていく人もいましたが、最近は落ち着いている感じがします。定着率は高くなってきていると思います。
内田 一番大きい理由は何でしょうか。仕事が面白くなったのでしょうか。
今井 面白くなったこともあるでしょうし、給与レベルなどの処遇が改善されているということも理由にあると思います。
内田 今の若い社員に対して経営者、あるいは先輩としてどんな印象をお持ちですか。
今井 皆、非常にやる気があって将来は明るいと感じており、どうやって定着させていこうか考えています。昔は現場で住み込みのような働き方でやっていましたが、今は一人ひとりをフォローし、きちんと休みが取れるようにしています。
 また、建築士や土木の技術士など資格取得も推進し、目指すものがあることもよい方向に働いていると思います。
内田 「みらい基金」の設立時に協力会社からもお話を聞かれたということでしたが、専門工事業界における担い手問題への取り組みについてお考えになっていることはありますか。
今井 協力会社でも、教育や処遇改善などに高いレベルで取り組んでいるところもありますが、職種によって、例えば、何時間働いていくらというような職種もまだまだあります。効率を上げて休みをきちんととるということが難しい分野も存在しているため、それを技術力で解決していかなければならないと思います。全部が急にできるわけではないため、徐々にと思っています。
 先ほど内閣府の調査で仕事を選ぶ理由に休みが多いことを選んだ若者は少ないという結果でしたが、私が聞いた中では、若い人たちこそ「収入よりも休日をきちんととれるようにしてくれ」という要望が強い。職種によっては、「この現場が休みなら別の現場で働く」というような人もまれにいますが、当社としては、土曜閉所を多くしようと取り組んでいます。
 以前に行われた内閣府の幸福度調査を見ると20代と家庭を持っている30代とでは、重視する内容が全然違っていて、若い時は飲みに行ったり遊んだりする時間が欲しく休みを重視し、家庭を持つと収入を重視しているという結果でした。このため、先ほどのデータとは異なる印象を持っていました。
内田 確かに社長さんたちとお話をすると、休日への社員の不満は強いと聞きます。もう少しいろんなデータを見てみないといけませんね。

 

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