建設業が国を「作る・助ける・守る」
内田 いま雇用の問題が危機的状況にあるという認識が拡がり、業界全体が同じ方向を向いてきました。こうした中で、専門工事業界の皆さんが退路を断って社会保険未加入問題の解決に立ち上がった。これを元請の業界が支え、国が積極的に応援する構造ができつつあります。これまで建設業になかった下から上へという流れが初めてできたと思います。雇用問題の解決に希望が持てる状況ではないでしょうか。
伊藤 おっしゃる通り、希望が持てる状況になりつつあります。業界自身の認識に加えて、東日本大震災があって、国民の皆さんに建設業の役割を認識していただけたと思っています。国のために「作る・助ける・守る」の三役を担っていることを、いまこそ声を大にして言ってもいいと思いますよ。
内田 私も同感です。
伊藤 防災や災害対応にしても私たち、建設業界に携わる人たちがやらなければならない。啓開道路は命をつなげる、助ける道だったんです。しかし、これを維持することが重要です。
内田 災害への初期対応は建設業しかできないでしょうね。
伊藤 こういったことを、特に学生の皆さんに伝えて、建設業に対する興味を持ってもらいたいです。
内田 業界を挙げて建設産業の役割を伝えていくことが急務ですね。
建設産業と若者をつなぐ
内田 建設業はイメージがとても悪くて、若者やその親御さんから敬遠されていると言う話をよく耳にします。ところが工業高校の先生方は、そもそも建設業界の関係者からの求人票を見かけないとおっしゃいます。これでは、イメージが悪いからと敬遠されるという前にそもそも就職先の選択肢として、先生や生徒の視野に建設業が入っていかない。まだまだ努力の余地がありそうですね。
伊藤 同様の話を私も聞いたことがあります。建設業は基本的に技術職ですから、就業に当たって職業訓練が欠かせません。大学や工業高校を卒業した若者が企業に就職し、現場に直行といっても無理がありますからね。昔なら大丈夫だったことが、今は通用しなくなっていますから。職に困っている人や、定職に就いていない人、さらには外国人も視野に入れて鍛え上げてはどうでしょうか。「仕事って面白いんだ」ときっと思ってもらえると思いますよ。需要と供給のバランスをキープするためにも、昔のように就職してから育て上げるような仕組みが肝要ですね。こういったことは業界全体で取り組まなければいけません。
内田 以前は、ベテランに若い技術者や技能労働者を付けて現場に出す。そこで、いわゆるOJTを行って育てていましたが、いまは業界全体にその余力がなくなっています。これはゼネコン、サブコンを問わず自社だけでは鍛えることが出来なくなってきているようです。
伊藤 上司や先輩が自分の仕事を見てくれているというだけで嬉しくなるでしょう?そういった経験が若い人たちの心を育むわけで、その積み重ねも大切なのです。簡単に片付けてしまうのではなく、元請けとしての感性や矜持を持たなければいけないと思います。
内田 確かに昔のほうが人と人との関係性が密接だったように感じます。
変わりつつある人材育成の仕組み
伊藤 少し前までは発注先の現場担当の方が一緒に現場にいて、ともに汗を流し、いろいろと教えていただきました。間違いなく技術レベルも施工レベルも高く、名義人と呼ばれる下請け協力会の大番頭さんのレベルも高かった。双方から学ぶ事ができたのです。当時の名義人のような仕組みを復活させて、個々がレベルアップできれば、解決するかもしれませんね。実際、全国レベルの建設企業であっても、ピラミッド型の業者編成をせずに、人集めに終始した会社の多くが倒産しています。
内田 いま現場はどうなっているのでしょうか?
伊藤 職人さんの高齢化が進み、これが深刻な問題になっています。大きなプロジェクトでは1つの企業では対応できず、3社、4社で請負うことがあります。でも、効率が悪いし、生産性や技術レベルも落ちる一方です。
内田 国の直轄の側でも、現場に出る暇もないし、自分たちの技術レベルが落ちてしまうといった声もよく耳にします。指名競争入札には、ある工事にその業者を指名したことに発注者が責任を負う、それだけによく勉強しておかなければならないという面もあったのですけれどね。
伊藤 責任を負うからには、発注側の技術者が現場の事を知らなければいけませんね。
内田 ええ、発注から元請け、専門工事業という建設産業の生産システム全体に人を育てていく仕組みが壊れてしまっているように思える。ここに危機感を感じています。
伊藤 若手の不足はいまに始まったことではありません。企業はそれなりに求人し、賃金改善などの処遇を行っていました。しかし、近年の受注価格の下落により、まっとうな処遇ができなくなってしまった。業界内の「安ければ良い」という風潮が大きな混乱を招きました。
内田 それでも建設産業には優れた企業がまだ残っています。
伊藤 そういった企業を育成・支援する施策をお願いしたいものです。
若者たちの雇用のために一肌脱ぐという覚悟
内田 千葉県のある工業高校では、東日本大震災で同地域が被災しましたが、震災直後に受験生が増えたそうです。建設産業の災害復旧活動を目にした人は建設業の役割をきちんと認知しているということです。建設産業の注目、関心を高めるための取り組みをもっとやらなければと思いますね。
伊藤 災害に際して、初めて建設業界を身近に感じたという人は多いでしょうね。
内田 いまだからこそ建設産業が率先して若者雇用を守ることに手を挙げるべきだと思いますよ。
伊藤 建設業は日本を支える産業として、日本の若者たちの雇用のために一肌脱ぐといった覚悟が必要かもしれませんね。
内田 先日、あるシンポジウムで、最近の若者は休日が取れないことを理由に辞めていくという話を建設会社の社長さんがしておられました。そうだろうと思うのですが、問題は、仕事で得られなくて休日でしか得られないものは何かということだと思っています。今の若者たちは誰かと繋がっていないと不安で仕方がないといいます。職場では誰ともつながりを得られない、そこでつながってくれる人を求めるために休日が必要になるのではないでしょうか。会社や現場で、誰かしっかりとその子のことを見ている余裕がなくなりつつあるなかで、とても手間は掛かりますが、そうした体制を作ることも必要でしょうね。
伊藤 それには見てくれる人に対して、まずは本気でぶつかっていくという強い気概が不可欠だし、それが大切なプロセスになると思います。結局は、本人たちに本気度がなければ駄目だということです。
内田 そのためには、学生に本気になってもらう手だてを考えなければなりませんね。そのために業界の人が出向いて行くことも重要です。雇う側に工業高校の生徒を敬遠する傾向がみられるように思います。その結果、工業高校が就職への登竜門としての魅力を失い、優秀な志望者を集めることが難しくなっている。その悪循環を断たなければなりません。工業高校は、かつて日本のモノづくり産業の優秀な担い手の供給源であったはずです。
伊藤 大学3、4年生でインターンシップに入ったり、高卒の18歳で現場に入ったりして実務を学ぶ方がいいと思います。
内田 大学の土木学科が毎年減り続けていて、地域の建設業にとっての人材の供給源がなくなりつつあるという問題もありますね。
伊藤 ここ30年、大学から現場という筋道は定着しつつあります。しかし、高卒者の雇用については求職自体が減り、企業の安全志向もあって、工業高校の生徒を受け入れにくくなっているのも事実。これは、企業の皆さんの意識の改善をお願いしたいものです。
孫が私と同じ年代になったとき初めてその価値が解る
内田 親御さんも含めて若者たちの地元志向は強くなっています。地域の建設業にとってはチャンスだと見ていいと思いますよ。
伊藤 それぞれの地域の中で、人と企業と産業が一緒に成長してくようなことができたらいいですね。だからこそ、地域の中での建設業を将来の夢を抱けるだけの処遇、憧れの製造業と肩を並べるくらいの産業に、企業がしていかなくてはならないのです。地域を守り、法人として社会的役割も担っている。技術と経営力のある企業と発注者が肩を組んで進んでいく……。そのためには理念と努力と行動力が必要です。
内田 建設企業の社会的役割として、若者を雇用し育てていくという責任感が重要ですし、彼らがしっかりと家庭を築いていける将来設計を提示してあげることも必要だと思います。
伊藤 そうですね。私には5人の孫がいるのですが、小学校4年生の孫が私の年齢になったときに、私がつくったインフラがその機能を発揮しているといいのですが。そのために私はいま何をするべきか。それが私の元気の源です。その孫が、私の年齢になる頃には、私は生きてはいないでしょう。見届けることはできませんが、それに対し責任を果たすということが、我々のやっている仕事であり願いでもあります。それぞれが自分の住んでいる町、地域、社会に興味を持つことが大切。工事の品質の下落は、自分たちの地元が危ないということと同じです。そういった意識を強く持ちたいですね。
内田 本日は長時間、ありがとうございました。