基金の活動

インタビュー|愛知県建設業協会

語り手 (一社)愛知県建設業協会 会長 徳倉 正晴 氏
聞き手 (一財)建設業振興基金 理事長 内田 俊一(本文敬称略)

 優秀な人材を確保するために、どうすれば魅力のある産業になれるのか、他産業と競り合う中で勝機はあるのだろうか。数年後に控える本格的な人材不足に、建設産業へ若者を取り戻そうと、今業界が一体となって取り組んでいます。愛知県建設業協会の徳倉会長に、人材確保・育成に係る現状と課題についてお聞きしました。
(このインタビューは平成27年11月に行われたものです)

内田 建設業界で若者が減り始めたのは20年前から。会長が徳倉建設(株)の社長に就任される前、21世紀の建設業について多くの議論や意見交換をしました。当時と社長就任後の今とでは21世紀の建設業をどのように感じていらっしゃいますか。
徳倉 理事長に初めてお会いしたのが37歳、25年前です。「こういうときだからこそ、人を大事にして次に備えないと駄目」と示唆をいただき、今でも胸に焼き付いています。社長就任が17年前、バブル終焉後でしたが、愛知県は運よく自動車産業を中心に2次産業に勢いがあり、他県に比べ税収だけではなく、人も仕事量も全体的に恵まれていました。団塊の世代も40歳前後で働き手はたくさんいたし、空港や道路、万博など大型プロジェクトもあり、何とかなるという甘えもありました。今は、理事長の「人を大事にする」という言葉が身にしみています。
内田 愛知県の経済は、需要がすごくいい。他県に比べて雇用は倍くらいあるようですが建設業の雇用状況はどうでしょう。
徳倉 自動車産業は国内生産の継続を宣言されました。契約社員でも、製造業で働いた方が安定しているのです。最近は県庁や市役所の採用も多くなっており、半面、建設業は応募も少なく、なかなか定着には至りません。
 工事量が減り、人や物が余れば需給関係で価格が下がり、そのしわ寄せは働く人へ向けられ、労働の質も下がっていき、工事量が回復すれば労務単価の問題に直結することになります。見通しが立たず、需要の上下に一喜一憂する状況です。会社としても、協会としても、若い人に就職してもらい、将来が見通せる安定した生活をライフプランとして示せる産業にしなければならないと思います。
 

若手不足は喫緊の課題であるが
中堅やベテランを活かすことこそ産業を維持し、支える大きな要


徳倉会長

内田 25年前、「二十一世紀への建設産業ビジョン」を出したころですか、「人を大切にする産業になろう」と言ったのは。最近はそうした考えを持つ経営者は増えたと思います。20年近く社長を続けられ、今同じ課題にぶつかっているということですね。
徳倉 リーマンショック以降は、今抱えている人材を大事にしようと、新卒の採用も控える傾向にありました。最近、給料は上がり始めたものの、まだ先が見通せず量より質を優先し、建設会社も新卒採用に慎重になっていることもあるような気がします。昔は若手の採用基準も、体が丈夫で気概があれば良かった。最近の若者は心が弱くなっていることもあるので、訓練の様子から向き不向きの適応性を見ています。"向いている"人がいても、我々が積極的に勧誘するという一歩を踏み出せず、採用を諦めることも少なくありません。
内田 人材の取り合い競争で、御社では採用に際して何か勝機はありますか。
徳倉 好みを言っている状況ではないのですが、人材が足りないときに無理に採用した人は育成にも苦労します。最近は、若手にはできる限り週末の休みを、その若手が休みの間は、能力がある団塊世代のベテラン職員を現場へと模索しています。これは、「家に居るだけなので、ぜひ働かせてください」という奥様たちの応援もあります(笑)。
内田 若者には休みを与え、休みの間はベテランを活かそうと。
徳倉 今は技能者も60歳過ぎまで働かざるを得なくなっています。ただ、双方に無理のないペースで、ベテランには、若手のバックアップや安全対策も依頼し、技術者もせめて50歳くらいまでをピークにできれば、一時的にせよ働き手を確保維持できると思うのです。
内田 "若者をどうするか"は喫緊の課題ですが、それだけに焦点が絞られています。実は30代後半から40代後半の中堅がかなり減ってきている。この世代の離職も止めなければならない。この世代の離職を止めるのは、一にかかって処遇の改善ではないでしょうか。結婚して子供も大きくなれば、それなりのお金も必要になるのに、建設業は給与の上限に達するのが早いから、技能工だと40歳で上限、給与が上がらなくなると聞いています。これで出来高評価だと、年齢を重ねると生産性は落ちるから、給与も下がってしまう。ベテランの仕事は出来高だけではない。彼らがいることで周囲へ好影響をもたらすことも評価できるのではないか。
徳倉 そこは、しっかりとした評価や展望が必要です。離職の回避にもつながります。
 

誰もが働け、チャレンジできる産業に
建設産業に興味があれば、その気持ちを引き出してあげたい


内田理事長

内田 若者の心が弱くなったと伺いました。建設業に就職した若者のうち、高卒では5割、大卒でも3割が3年以内に辞めてしまっています。県内でも同様の傾向はありますか。
徳倉 協会会員でも工業高校の生徒は採用していましたが、大学生に比べると人生に対する考えが定まらず、現実とのギャップが大きいのではないでしょうか。採用後を考えて、やはり現実を認識してもらう機会やキッカケは必要ではないかと思います。
内田 県内で土木や建築の専門学科のある工業高校は何校ですか。
徳倉 15校近くあると思います。今、愛知工業高等学校と東山工業高等学校の県立2校で、総合技術高等学校として28年度開校予定となっており、社会に出る前に、仕事について学べる仕組みを作れればいいと思います。
内田 工業高校生の大学進学率も高くなっています。せっかく職業高校に入ったのにもったいない気もします。慌てて大学へ行かなくても、一度勤めてから大学へという選択をサポートする仕組みがあればいいのにと思います。
徳倉 協会や企業が推薦する、つまり太鼓判を押してやって大学で勉強してもらえばいい。民間製造業では奨学金制度を設けて優秀な大学生を採用しているところもあるようだが、建設業も卒業後就職を条件に、奨学金を出すような方法を考えてもよいのではと思います。
 たとえ採用に結びつかなくても、就職の相談窓口を学校だけにせず、生徒個人が気軽に申し込めて、技能訓練や職業訓練を受けられる仕組みは必要です。登録制にしてもいいでしょう。仮に1回の訓練で建設業に向いていないと判断しても、考え直して2回、3回と再チャレンジができるような仕組みは可能なはずです。
内田 なるほど。工業高校でも熱心な先生は、卒業生をフォローしています。辞めたいという相談や、休日が少ないなどいろいろな不満を持ちこまれるそうです。そのたびに言葉をかけ、頑張れと励ましているそうです。ただ、同じ言葉を社長が言ってくれると子供たちの心にもっと届くのにとおっしゃっています。先生は卒業生の情報を持っているから、協会員社長と工業高校の先生とがネットワークを作り、辞めてしまう若者の情報をキャッチするようにできればいいかもしれませんね。
徳倉 実社会に出てからもう少し勉強しておけばよかったと思う人も多いと聞きます。若者がいつでも相談でき、訓練にチャレンジできるネットワークができれば製造業などとの差別化が図れると思います。
内田 ぜひ一緒に。そういう仕組みの検討は、まだ誰もやっていません。当基金の「担い手確保・育成コンソーシアム」の一環として進めてはどうでしょう。
徳倉 当協会でも建設産業専門団体中部地区連合会と連携していく必要があります。こういう仕組みは建設産業を支える足腰の大事な部分です。
内田 内閣府の若者への意識調査で、「学校を卒業したら経済的に親から自立すべき」という問いに、「そう思う」が3割以上、残り6割近くは卒業後も親元を離れなくてもいいと思っているようです。やりたいことがなければ就職しなくていいと回答した若者も2割います。仕事へのリアリティが弱いから、一度は社会の荒波にさらされ挫折しても、そこからもう一度チャンスを与えてもいい。
徳倉 制度として、優しく包み込むように能力をつけさせて、意欲があれば引き出す。「建設業に興味があれば、何度でもチャレンジできるのだよ」と。ハローワークとも連携できればありがたいです。
 

発注者とのイーブンでオープンな関係が
品質の確保と、国民の信頼へとつながる

内田 愛知県の建設業界をリードする立場として、一番やりたいと考えておられることは何ですか。
徳倉 建設産業自体の地位向上を図らなければなりません。海外から見れば、日本の発注者がいいという方は多いです。世界で日本の建設業がモデルになれば地位も上がります。ただ、日本の建設業は受注産業であり、発注者、元請、一次下請、メーカーの材料など総合組み立て産業でもあります。発注者とイーブンな関係で、オープンな形がとれれば、工期も確保でき、品質の保証にもつながる。地位も上がるはずですが、受注の力関係もあって多難です。終始一貫して「値段で決まっているため追加は払えない」「工期に間に合わせろ」といわれ、見えないプレッシャーがあります。
 大企業なら技術力や提案力も高く発言力もあるので、公共工事では、可否をはっきり言えるような関係もできているのでしょう。中堅以下の企業は書類などの事務処理も多く、理論的な作業を残業してでも担っている。しかし、民間工事では値段ばかり追求すれば、売り手の都合が優先され、人や時間を充てられないのが現状です。それには駆け込み寺のような、状況を共有し担保できる仕組みも必要でしょう。住宅を買った方が不安を持っている時に、我々が大丈夫だといっても信用してもらえないことは悩ましい限りです。
内田 11月の全国鉄筋工事業協会創立50周年記念事業で、パネルディスカッションを聴講しました。今現場で起きていることは、事務所にこもり現場に出ない現場監督。現地を見ずに絵を描く設計事務所。現場の仕事の実態と働く人のことを一切考えない発注者の3つだと。これらがそろった結果、建設産業では、ものを一緒に作っていくという共感、信頼関係が失われている。また、失敗の共有がなされず次への工夫につながっていくという議論がされており、深刻な状況になっているなと感じました。
徳倉 現場によっては、代理人を立てれば解決できる場合もあります。会社の力としては弱いので、その辺のサポートやバックアップ体制は、協力会社も含めて実現できるといいと思います。
内田 この問題は普遍的なので、時間をかけても変えなければならない。現場に出ない現場監督は、怠慢ではなく、単価が下がって人が少なくなり、事務処理の負担も増えたのではないか、設計事務所も、現地に何度も行けるフィーをもらっているのだろうか。結局は現場を考えない発注者に跳ね返ってくることになる。その意味でも品確法改正の意義は大きいと思っています。
徳倉 手間暇は掛かるものです。例えば、東日本大震災でもJR東海は新幹線を当日中に動かしましたが、東海道新幹線では復旧をシステムだけに頼らず、全ての保線作業を人が行っています。"最後は人間が線路を確認して動かす"という保線作業に人を取り入れた体制を長年かけて作っている。人と設備の体制がインフラとしてうまく機能している。今後、維持・メンテナンスの分野は増えていくと思います。そこで公共と民間が組織化できれば、緊急災害時に建設業が役に立つことでしょう。
内田 見通しのない工事で品質を確保するのは難しい。そこで安定ということにつながっていくのでしょう。
徳倉 これまでは"ついでに"と維持メンテナンスを受け、除雪も「日ごろ除雪の仕事をしているから安くやってくれ」と言われ、我々にしか出来ない仕事だから当然するのですが、そこへのご理解はどうしてもほしいところです。
 

建設業を正しく理解してもらいたい
3年目を迎えたラジオコーナー番組「ラブなご」

内田 ところで、協会ではラジオ放送をしておられますよね。
徳倉 建設業を正しく理解してもらおうと始めました。一般的に報道される建設業界は、良いイメージで伝わっていません。各企業は仕事だけではなく社会貢献もしています。整備局や環境局の担当者、防災関係者をゲストに、生の声を聴いてもらい、労働災害をテーマにした時には労働局長にもご出演いただきました。
内田 反響はいかがでしょうか。
徳倉 聴取率は2%ほどです。放送中も「頑張ってください」とFAXが送られてくる。放送3年目ですが手応えを感じています。7、8分の生放送で出演者も大変ですが、女性にもだいぶ出演してもらいました。私の会社にも4人の女性が入社したので出演してもらいましたね。
 

性差も、障害さえも超えたい
人を大切にする優しい建設産業へ そのためのトライアルを続ける


愛知県建設業協会提供、 ラジオコーナー番組「ラブなご」 (CBCラジオ、毎週土曜日・午前11時)
制作費を抑えるために、シナリオから出演者まで協会職員で制作。普通の人の目線を配慮しとにかく分かりやすく、基礎的な話、クイズなど、環境や防災など建設のテーマを放送している。

内田 建通新聞で、愛知県建設業協会が主催された「建設業女性就業者座談会」の記事を拝見しました。とても興味深かったですね。いま、男性の目で一番心配している現場のトイレや更衣室の問題。「小さな現場ではトイレは一つしかないけれど、みな(他の人に気持ちよく使ってもらえるように)気を遣いながら使っている」「簡単な着替えくらい見えても平気な覚悟がないと現場ではやっていけない」などの意見、さらには「トイレで仕事を選びますか」という意見も。もちろん実際には困っておられるし改善されればとても喜ばれるのは確かなのですが、それが自分たちにとって一丁目一番地の問題ではない、そう言いたかったのでしょうね。仕事のやりがい、皆さんそこを一番大事にしておられると感じました。ただ、育児と仕事との両立は真剣に悩んでおられますね。もっといろんな場で女性の話を直接聞くことで、男性も少しずつ正しい認識に変わってくるのではないかと思いました。
徳倉 私の会社にも女性職員がおり、2人の子供を保育園へ預けて働いています。本人は現場を希望しますが、10時―15時勤務の現場監督をどうしてもイメージできない。品質の保証に2人体制とするなど、組み合わせも含めて試行しています。1回目はトライアルだと思うのです。いかに継続してデータを採って改善していくか。女性は技術者、技能者、警備もいます。男女にかかわらず高齢者も、中途採用者も含めて働きやすい職場環境をいかに作るか。実際に試行した現場がどうだったか、他社の事例を公開していただければありがたい。メーカーの工場とは違い、現場は日々動きます。例えば、トイレやシャワールーム、ロッカーなどは、キャンピングカーのような男女が使えるものを、ある程度の規模で共通化させないと難しいでしょう。
内田 突き詰めていくと、男性、女性の性差ではないと。
徳倉 タイへ行って驚いたのが、第3の性の人が現場にいて重宝されていること。日本が一番遅れている気がします。性的マイノリティ、障害者も含め、現場で働けないか考えています。
内田 障害や個人の差別偏見がない社会......面白いですね。
徳倉 障害があっても良い能力を持つ人もいます。しかし、現場は受け入れる体制がない。もちろん安全などの課題はあります。文科系の人も、普通高校の人も、建設業の希望者はいると思います。そういう人を訓練して資格も取らせ戦力化する。いろんな手を使わないと。
内田 先日、コンサルの女性に「なぜ現場ばかり見るのですか」と聞かれました。バックオフィスで事務を取る女性も考えてほしいと。確かに、現場はハードルが高い、バックオフィスで働く女性もいます。経理、総務、人事部署の女性投与や、経理事務士受験の機会を与えるべきでしょう。
徳倉 女性の方が要でしっかりしています。男性の方が甘いかもしれません。
内田 本誌でも"建設経営を支える女性たち"という視点で座談会を続けようと思っています。本日はありがとうございました。

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