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知っておきたい元請・下請の契約関係

第7回 雇用と請負 ―労働条件の改善に向けて―

(一財)建設経済研究所客員研究員 六波羅 昭

元請・下請間の契約関係を扱う場合、現場に入る建設技能者や作業員の労働条件が大きな問題を含んでいる。建設技能者等の労働条件は、施工が適正に行われる基盤と考えるべきである。

1.雇用の崩壊と請負化の進行

1208_10_motouke_1.jpg 建設生産の現場経費は、大きな部分を賃金が占める。賃金には下表のように社会保険、労働保険その他の義務的経費の負担が付いており、雇用責任者はこれらを支払う義務がある。近年はこれら保険料の納付不足が大きな問題にもなり、未納付があれば厳しく追徴される。
 下請代金の低価格化とともに下請事業主の賃金負担能力が低下し、その結果、雇用関係を切って請負関係に切り替え、社会保険を労働者個人の負担にしながら、従来と同じ施工組織のなかで継続して就業するという実態が広くみられるようになった。近年はこうして技能者の独立事業主化にともなう請負化と下請重層化が進行した。そして、独立して請負化した建設技能者のかなりの部分は、社会保険料負担に耐えられず、国民皆保険の網の目から漏れていく。

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2.社会保険未加入の排除

 建設業への若者の新規入職数の減少は、建設産業の持続性を疑わせるほど深刻な事態であるが、社会保険未加入に象徴される労働条件への不安がその根底にある。国土交通省の「建設産業の再生と発展のための方策2011」では、社会保険未加入企業を建設市場から排除し、保険加入を徹底することにより、技能労働者の雇用環境の改善、重層下請構造の是正、過剰供給力の削減という大きな課題に対処しようとしている。具体的には、行政側からは、建設業許可・更新時、許可行政庁の立入検査時などに加入状況を確認検査を行うほか、公共工事発注者による入札参加者の保険加入状況確認、元請業者による下請指導、下請業者・再下請業者の保険加入徹底という各段階で行われる保険加入チェックによって、未加入者排除を目指そうとしている。
 韓国でも日本の現状と同様の状況のなか、2008年初めから改正建設産業基本法を施行し、建設現場は雇用関係を持つ者だけで構成することとした。つまり、これまで請負形態で工事施工を認めてきた施工参加者(個人事業主の技能者等)を一定規模以上の工事へ参加できないこととし、現場には雇用関係を持たない者を入れないようにした。これにより雇用責任を明確にし、技能者等の処遇改善と重層下請化の防止を実現しようとしている。

3.適正な労務賃金を確保する仕組み

1208_10_motouke_3.jpg 建設市場における労働条件は、多くの国では職別労働組合と雇用主側との交渉を経て定まるのだが、日本の場合には建設関係の職別労働組合が弱体なこともあって、主として市場条件によって賃金水準が左右されてきた。最低賃金制度についても、産業別最低賃金が設定されていないので全産業共通の地域別最低賃金によるしかない。近年は供給力過剰の状況が長く続き、賃金下落によって働く者にとって厳しさが増している。公共工事設計労務単価は、現在、51工種について賃金支払実績の調査をもとに作成され、公共工事費積算の根拠となっている。もともと、戦後の混乱期に政府支払の適正化を目的に一般職種別賃金(PW) を決めるために始まったものが現在の労務単価調査に発展してきており、市場賃金水準の指標としての重要な意味を持っている。
 賃金水準を是正する試みとして、平成21年9月に千葉県野田市の公契約条例が可決成立した。野田市の公契約条例は、市が発注する公共事業に従事する労働者に支払うべき最低賃金を市が定めるというもので、市が最低賃金を定めるに際しては、公共工事設計労務単価基準値を参考にするとしており、元請、下請を問わず、市の発注工事に従事する者には、この最低賃金を上回る賃金の支払を義務付けている。このあとも公契約条例を制定する自治体が続き、これまでに川崎市、多摩市、相模原市、国分寺市、渋谷区で成立している。
 公共工事設計労務単価を市場賃金水準の指標として重視し、支払賃金をこれに収斂していく方法として、公契約条例はもちろん有力であり、他にも宮城県で実績があるオープンブック(施工体制事前提出)方式などがある。これらの方法がさらに広く採用されるように促進方策を講じる必要がある。

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