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経営に活かす原価監理

経営に活かす管理会計 第9回|建設企業の資金管理

四国大学経営情報学部教授/㈱みどり合同経営取締役 藤井一郎


 資金管理の重要性

 資金管理とは具体的にどのような活動なのでしょうか。『ファイナンス戦略』などと言われる資金調達手法の検討、投資効果の話を聞く機会が多いかもしれません。もちろん、それも正しい考え方の一つですが、株式公開をしていない地域の建設業にとっては、今後1年間程度の資金繰りを行う短期的資金管理と、キャッシュフローと収益力の向上をバランスさせて、自己資本を積み上げていく長期的なプロセスという考え方のほうがピンとくるかもしれません。そして短期的にも長期的にも運転資金と投資資金の両方を見ていく必要があります。
 今回はモデルケースをもとに長期的な運転資金の管理について説明していきます。
 <図表>のX社は、筆者の経験をもとに、モデルケースとして作成しました。まず「前期実績」のところを見てください。X社は、流動資産と流動負債がほぼ同額であり、未成工事受入金の残高が大きいことから、顧客から先にお金を頂かりながら、下請け業者への支払を賄い、金融機関からの短期借入金は0になっています。また、固定資産が純資産(資本)とほぼ同額であり、金融機関から借入せずに内部留保で投資ができています。その結果、資金繰りは安定し、必要に応じて先行的な投資を行うことが可能で、競争力が高まり、経常的な黒字体質を作り、資産超過になっています。
 X社の財務内容の背景には、必要運転資金が発生せず、逆に資金が余ってくるような状況を作りだすことで、入金条件を譲歩するなど、優良顧客先からの工事を受注することや、新たな市場を開拓するための戦略的な工事の受注にその資金を使えるようにしてきたことがあります。これを繰り返すことで、自己資本も厚くなり健全な財務内容となっています。結果、先行投資も内部留保や長期の借入金で賄い、資金使途に合致した無理のない投資をすることができています。つまり、短期的な資金繰りと長期的な資金繰りを安定させたことで、的確な受注と投資が行え、収益力をさらに上げてきたのです。
 ここから見てとれるのは、運転資金を極力発生させないようにすること、内部留保で賄えるように先行投資を行うなどの計画をきちんと立て、実績との差異を検証し、修正を繰り返すPDCAサイクルです。X社のような財務内容になっている企業は、PDCAサイクルを愚直に回し続けています。

図表 X社の貸借対照表(売上規模 9,000百万円)単位:百万円
              前期実績       今期予算    中間期時点 期末予想
【流動資産】 5,050  5,350  5,250 
 現金・預金 2,300  2,000  2,150 
 完成工事未収入金 300  300  300 
 受取手形 300  150 
 未成工事支出金 2,200  2,500  2,400 
 その他の流動資産 250  250  250 
【固定資産】 2,810  2,810  2,810 
(有形固定資産) 2,400  2,400  2,400 
(無形固定資産) 10  10  10 
(その他の流動資産) 400  400  400 
 資産の部計 7,860  8,160  8,060 
【流動負債】 5,000  4,800  4,900 
 支払手形 1,200  1,000  1,100 
 工事未払金 900  900  900 
 短期借入金
 未成工事受入金 2,600  2,600  2,600 
 その他の流動負債 300  300  300 
【固定負債】
 長期借入金
 その他の固定負債
 負債の部計 5,000  4,800  4,900 
 純資産の部計 2,860  3,360  3,160 
 負債・純資産の部計 7,860  8,160  8,060 
 注目ポイント 流動資産=流動負債
資金繰り安定
受取手形での工事代金受取
新規顧客開拓
受取手形での工事代金受取
予算比150百万円未達
未成工事支出金<未成工事受入金で下請業者への支払を賄い短期借入金はゼロ 未成工事受入金に対応した先払、支払サイトの短縮
下請業者確保
未成工事受入金に対応した先払、支払サイトの短縮
予算比200百万円未達
固定資産=純資産
内部留保で投資を賄い、長期借入金はゼロ
必要運転資金増加
300+300+200=800万円増
必要運転資金増加
350万円増に留まる結果
 


 資金管理の具体的な管理手法

 次に、現在のX社の取組みをもとに、運転資金のPDCAサイクルを具体的に見ていきましょう。

1. 運転資金のPlan(計画)とDo(実行)

 運転資金をPlanしていく上で、貸借対照表計画を立てていくことが重要です。Planを立てるためには、自社の過去の貸借対照表の運転資金に関連する勘定科目(受取手形、完成工事未収入金、支払手形、工事未払金など)の残高の傾向を分析し、過去の必要運転資金がどの程度必要だったのかを算出します。その上で、同業他社の経営指標と比較し、運転資金が多いか少ないのかを明確にし、何をすべきかを検討しDoする必要があります。
 X社のように必要運転資金が少ない場合には、その状態を継続していくことが最優先ですが、さらに、必要運転資金が少ないことを活用すれば、もっと競争力を高めることができるかを考えることも重要です。例えば、新規顧客や取引が拡大できる顧客の取引を、入金条件を他社より緩和して拡大することや、支払条件を良くして、下請業者や外注業者を確保することなどです。
 このような検討をもとに、X社が策定した今期予算が<図表>のうちの「今期予算」です。内容としては、地元エリアとは違う隣の県の新規市場開拓に向けて、受取手形での工事代金回収など、顧客の工事代金支払条件を緩和し、新たなエリアでの下請業者の確保をしていくために、支払サイトを短くし早めに支払をしていくことや、支払手形のサイトの短縮などを織り込み、運転資金の増加を見込んだ計画としています。
 一方、モデルケースとして作成したX社と違って必要運転資金が多い企業の場合は、まずはなぜ運転資金が他社に比べて大きくなってしまうのか、その原因分析が必要です。受取手形や完成工事未収入金の中で、不良債権化したものがあれば、引当処理し回収できないものとして、受取手形や完成工事未収入金などの勘定科目から金額を落とすことを検討します。未成工事支出金は、過去に売上計上した工事に紐づく原価が残っていないかなどの検証が必要です。売上に計上できない原価が資産計上されている場合は、受取手形や完成工事未収入金の不良債権同様に、勘定科目から金額を落とすことを検討します。
 未成工事受入金の残高が未成工事支出金の残高よりも大幅に少ない場合は、施工中の工事代金の入金よりも、下請業者や外注業者への支払が先行していることを表しているため、工事の受注時に入金条件と支払条件の事前精査をすることが必要です。

2. 運転資金のCheck(点検)とAction(改善活動)

 次に重要なことは、期中から期末の貸借対照表の計画どおりに進捗しているかどうかCheckをしていくことです。<図表>の中間期時点期末予想は、X社の今期中間期時点の期末の貸借対照表予想を算出しています。貸借対照表の今期予算は期末残高予算であり、期末残高を予想していくことが重要です。
 X社の中間期の期末予想では、当初予定していたほどの運転資金の増加が見られません。そこで、新規市場の開拓の進捗状況をCheckし、新たな新規顧客開拓見込先リストを策定させ取組みを加速させるか、または、下請業者の開拓に向けて、積算時に新しい業者の見積もり業者数にノルマを設定するなどのActionが必要になります。

 

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