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知っておきたい元請・下請の契約関係

第10回 重層下請の短縮、効率化

(一財)建設経済研究所客員研究員 六波羅 昭

1.下請生産システムの定着

 連載第1回で述べたが、1980年前後から元請、1次下請、2次下請以降につながる建設生産システムの内部で、それぞれの役割・機能が大きく変化してきた。元請は、統括管理機能に次第に特化し、現場施工においては施工管理機能を含めて1次下請へ移行し、さらに建設機械と労務による施工機能の多くを2次下請以降が担うように変わってきた。総合工事業の身軽経営と統括管理機能指向、一方で、現場を担うことになった各種の専門工事業では、経営環境が悪化する過程で、建設技能者の雇用から請負への切り替えが重層下請化を推し進めることとなった。

 大手ゼネコンの工事原価構成をみると、外注(労務外注を含む)費が7割程度を占めており、また、建設工事施工統計調査では下請完成工事高/元請完成工事高の比率が1990年代から6割強の水準にあって重層下請構造の定着を示している。

 

2.総合工事業、専門工事業が共有する問題意識

 平成21年春、(社)日本建設業団体連合会の「建設技能者の人材確保・育成に関する提言」と(社)建設産業専門団体連合会の「建設労働生産性の向上に資する提言」が相次いで発表された。

 重層下請について、両提言とも最重要課題としてその是正を目指している。日建連提言は、当面3次まで、5年以内に2次までと重層削減の目標を掲げている。また、技能者の賃金等処遇改善について、日建連提言は、優良技能者の目標年収(600万円)実現に向けて元請・下請の協力が必要であり、また、下請での社員化を進めるべきとしている。

 建専連「建設労働生産性の向上」提言では、「重層下請構造の是正」を提言の三本柱の一つとして重視し、具体的な提言として、「品質・技術力重視の入札制度の拡充」、「発注者・設計者・元請・下請による四者協議の推進」、「コア技能者の直接雇用の推進」、「基幹技能者の活用と適正評価の実施」、「社会保険加入を前提とした技能者の流動化・就業確保」など8項目を挙げている。これだけの多面的な取り組みが必要だということである。ポイントを絞ってみると、第一に、技能者を雇用する立場にある専門工事業の雇用責任の遂行、そして第二には、そうした立場にある企業の採算性の確保ということになる。提言では、雇用責任に関しては全面的な技能者の直接雇用は困難としながらコア技能者の直接雇用の推進を挙げ、採算性確保に関しては入札制度改善、社会保険加入を前提とした技能者の流動化などを挙げている。

 

3.重層下請化を進めたもの

 多職種の工事を統合して行われる建設生産では各職種の工事をどのように調達するかは大きな問題である。それぞれの職種で専門技術・技能の高度化、機械化が進展し、それぞれ産業分野として発展するとともに、ゼネコンは身軽経営と上流技術分野を目指し、各職種の企業を協力会社として長期取引するか、あるいは工事の都度、市場調達するか選択することが可能になった。

 下請構造は景気変動に対するバッファーとしての意味がある。建設業の場合も、変動する受注量に対処して技能労働力の稼働率を高めるためには、下請発注又は下請受注により施工力を調整することが合理的な行動であるともいえる。同じ職種の工事会社間で下請が行われる大きな理由はこの稼働率の引き上げである。専門工事の段階で下請化を進めたもうひとつの理由は、受注価格の低下から法定福利費など適正な労務費の支払いを回避して、雇用から請負への転換を図ったことである。

 1980年代から下請化が急展開した大きな要因は、大手・中堅ゼネコンが身軽経営に徹し、技術力を建設プロジェクトの統合と管理に集中して、システム・インテグレーター的機能への特化を志向したことに求められる※1。明確にCMとはいっていないが、限りなくCMatriskに近い分野へ展開していったとみることができよう。

 そして、2000年代に入って建設需要の急速な減少が続き、市場競争が激化して工事価格が低下した近年にみられるのは、雇用崩壊の結果としての労務請負的な建設技能者の独立親方化による下請重層化である。

※1 金本良嗣編「日本の建設産業」 日本経済新聞社

 

4.重層下請構造を変えられるか

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 重層下請構造については、軽量経営を志向し下請生産体制を選択したゼネコン側の問題と、工事価格の低下から雇用責任を担うことが困難になって技能者の請負化を進めた専門工事業側の問題の両方を考える必要がある。

 請負価格が低落するなか、労務関係費を含め外注コスト削減を推し進めたゼネコン戦略は、専門工事業の内部で重層化を強いる結果になるとともに、ゼネコン自体の企業力にも少なからざるダメージを加える結果になった。具体的には、元下間の信頼性が失われていったことと、業務内容の画一化の二つの面に顕著にみられる。後者は、建設生産の中核部分の外注化がもたらした競争戦略上の重大な欠陥だといえよう。今や大手中堅ゼネコンが直営施工能力を回復して外注比率を下げることは困難だろう。すでに施工技術・技能の移転が終わっており、多くのゼネコンに可能なことは、外注先との信頼関係の回復と技能労働者の雇用条件改善に向けて専門工事業者との協力関係を新たに構築することだと考えられる。

 専門工事業については、請負から雇用への回帰を進め、雇用責任を負う必要がある。その前提として、社会保険料など雇用責任に伴う費用を発注者、元請が確実に負担し、そして雇用責任が果たされていることを確認することが要求される。建専連の提言のように、まず少なくとも基幹技能者や熟練技能者の雇用への切り替えを着実に進めなければならない。

 労務の請負をやめて雇用化を進めた場合、すぐに不安定な受注にともなう技能者の稼働率への影響がでてくる。これを引き上げるには、建設労働者雇用改善法の就業機会確保事業が用意する雇用関係を維持しながら他の事業主の現場で就業させる仕組みが有効になる。この事業は、雇用関係にある労働者を対象にしており、これまで実績が上がっていない。雇用関係を回復しながら制度の活用に取り組むべきである。

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