建設業の管理会計と競争戦略
競争の時代には、戦略的に№1になることが重要になります。市場では、価格と品質が良い1社しか受注できないからです。したがって、自社の「強いところ」をさらに強くして№1になるように経営資源を重点的に投下する「選択と集中」が重要になります。自社の中核的な競争力を「コア・コンピタンス」といいますが、弱いところは、強みが消えない程度に改善することです。管理会計の内容をそうした視点で見ることが、戦略の第一歩なのです。
競争の時代の管理会計で大切なのは、「彼の現場はどんな工夫をして、なぜ儲かっているのか」を明らかにすることです。それが、「会社の強みと差別化策」を作り、将来を作るのです。儲からない会社は、赤字の現場代理人を責めるのに会議時間を費やしますが、儲かる会社は逆なのです。
建設業の管理では、コスト削減が中心課題であった時代がありました。他社と異なる工夫や特許工法は、入札指名からも外される危険さえありました。しかし、競争の時代では、他社と異なった効率の良い工夫が大切になります。そこでは、コストは単に削減する対象としてではなく、その費用対効果を考察しながら「全てのコストは投資」という視点で、その有効性を高めるコスト感性を持つことが大切です。管理会計では、そうしたマネジメントの視点の変更が求められています。
それは、「あの会社が見積りを出したら勝てない」と思わせる強い部分を持つことです。単に、安値価格というのではなく、顧客から選ばれる価値創造の経営です。たとえば、建物の補修工事で、工事進捗のわかりやすいビラが「顧客の信頼という価値」を作っているとすれば、それも差別的優位性です。管理会計の数字の裏側をそのような視点で考察しながら、戦略的に強みを作ることです。それを支える人材育成に力を入れることです。
建設業の生産形態と人材育成
建設業の生産形態は、製造業の工場と大きく異なっています。それは、受注生産でストックを作っておくことができないこと、個別生産でそれぞれの現場の問題が異なること、屋外の移動生産で天候・地形などの変化に影響されること、変化する重層的な下請け構造を持つ総合生産であることなどです。
これをスポーツに例えると、製造業は野球型です。野球は、打席の順番と守りの範囲が明確で、コーチの指示を受けながら進行します。これに対して建設業はサッカー型です。攻めと守りの役割がドンドン変化します。攻めているときでも、ボールをポーンと逆方向に蹴り出されて攻守逆転が起きると、自分の判断でフォワードも急いで戻っていきます。建設業では、工事が順調に進捗していても突然の天候変化などの問題が起きれば、現場の判断で迅速に対応できなければなりません。自分で考えて、解決しながら原価管理・品質管理・納期管理ができる人材の育成が求められているのです。管理会計も、利益額や費用の問題だけでなく、そんな価値を作る柔軟性を育てる視点が必要なのです。
図1 部下の成熟度と効果的な指導法
※ 能力と意欲の状態で、「○は、ある」「×は、ない」ことを示します。
図2 現場の具体的な4つの指導法
部下の状況と4つの指導法
しかし、最初から全てを部下に任せたり、考えさせたりするだけでは成功しません。たとえば、現場の原価管理で、あと数%のコストダウンが必要なときに、部下の指導をどのようにするのが良いのでしょうか。部下の指導方法は、部下の成熟度の状況に合わせて変えることが有効です。その成熟度は、図1のように、「能力と意欲」を4つに分類して効果的な指導方法を考えると良いでしょう。
ここで、「成熟度の低い部下」とは、「能力×、意欲×」ですから、ある意味で新人に近い人を思い浮かべるとよいでしょう。「成熟度の高い部下」とは、「能力○、意欲○」ですから、ある意味でベテランを想定するのが適切です。そんな部下の状況に合わせて、「指示と支援」の2つの面から図2のように適切に変化させるのです。
したがって、部下の育成で重要なのは、部下の成熟度の状況を評価することから始めることです。
管理会計を利用する側の人材育成
管理会計の人材育成で見落としがちなのは、管理会計を戦略的に利用する側の人材の育成です。たとえば、営業マンが「損益分岐点」を把握していれば、工事閑散期の見積り金額は「現場利益」にとらわれずに固定費を消化する見積り金額まで下げることができます。顧客は、その安い見積り金額を見て、発注を迷っていた建設工事を注文します。「この価格なら、あの建物も改築しようか」、また「個人宅でもリフォームも早めにしようか」という新しい工事のニーズを創造するのです。
そのような営業的メリットだけでなく、閑散期も含めて年間で一定量の仕事ができる下請企業には、腕の良い職人が集まり効率が高まります。このようにして、強み(コア・コンピタンス)が作られ競争力が高まるのです。そのために経営者が、管理会計の利用で考慮するべきことは、現場代理人の評価基準を「現場利益の額」から、実行予算からの乖離などに評価基準を変更することが肝要なのです。戦略的人材育成とは、そういうことです。戦略とは、部下を楽に成功させる知恵であり、マイナスをプラスにする考え方でもあるのです。
さて、極端な比喩ですが、財務会計を「死亡診断書」に例えて何が悪かったかを知ることができるものとすれば、管理会計は「人間ドックの検査報告書」です。これから何をすれば良いか知ることができるものです。経営者が、市場変化に対応する管理会計の利用方法を理解することにより、会社の将来が戦略的に開けるのです。