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知っておきたい元請・下請の契約関係

第9回 元請・下請間の紛争解決

(一財)建設経済研究所客員研究員 六波羅 昭

 建設工事は、さまざまな地盤・地質条件、周辺環境条件と長期間の天候変化、物価等経済状況変化などのリスクにさらされながら多くの職種の工事会社によって行われる。施工条件の食い違い、設計変更、代金の支払いなど請負契約に係る関係者間の紛争が起こりやすい。これはやむをえないのだが、第一に未然防止策、第二には時間をかけずに現場で解決、そして第三に紛争解決機関を利用するという三段階方式で対処したい。
 建設業法に基づく建設工事紛争審査会の紛争処理状況(平成23年度)をみると、中央及び都道府県審査会合計の申請件数164件のうち、下請負人⇒元請負人が36件(22%)、元請負人⇒下請負人が5件(3%)であり、元・下間の紛争が全体の4分の1を占める。ちなみに最も件数が多いのは、個人発注者⇒元請負人で62件(38%)である。紛争原因としては、工事瑕疵55件(34%)、工事代金の争い46件(28%)、下請代金の争い36件(21%)となっている。今回は、元請・下請間紛争について考えたい。


1.紛争の未然防止

 最も重視すべきは紛争の未然防止である。①紛争の原因を作らないこと、②紛争に発展しそうな芽をみつけて早期に処理することである。

1)書面による契約・書面による確認

 中央建設工事紛争審査会の審査記録のうち元請・下請間の紛争事例をみて気が付くのは、審査途中で打ち切りになるケースが多いことである。それらの多くは見積書だけで契約書も注文書もなく契約金額は未決定のまま施工に入っている。なかには見積書もなく、工事終了まで証拠となる書面が一つも作成されないケースもある。工事代金の未払いあるいは追加工事の代金について調停に入っても、証拠となる書面が一切ないために審査打ち切りになってしまう。2次下請会社が1次下請会社に対して追加工事の未払い金を請求したケースで、1次下請会社は毎月の出来高を元請会社に報告して下請代金の清算をしていたところ、この2次下請会社は工事完成まで出来高報告をしなかったため、月ごとの清算から漏れてしまっていた。口頭指示ですべてを済ましてしまうことから情報の未達によりさまざまな紛争が生じる。
当初の契約書、施工途中の変更工事、追加工事その他の指示事項については、必ず書面に記述して日付を明記し双方が確認のために捺印するという作業が不可欠である。

2)変更工事・追加工事が危ない

 第三回で触れた下請取引実態調査結果では、下請負契約書の内容が建設業法第19条1項に必須事項として列挙されている14項目を満たすものは2割に満たない。工事内容、請負金額、工期についても定められていないものが1割程度あるという実態だった。これらが有力な紛争予備軍ということになるが、紛争実態からは、変更工事、追加工事に絡むケースが多くみられ、紛争の未然防止策としては特に「変更」、「追加」に留意して文書による確認を必ず行うことが必要である。


2.現場における紛争解決

1)契約管理のための協議体制

 紛争の芽を見つけて早期に対処することにより、工程、工期さらにはコストへの影響を最小に抑えることができる。そのためには、現場において関係者が施工情報を共有し、問題発生に即応する体制を用意しなければならない。発注者側の監理者、元請会社の現場代理人や監理技術者、下請会社の現場代理人や主任技術者の協議体制(構成員、招集・進行担当者、定例協議日程等)をあらかじめ整えることである。
 設計変更協議会・三者会議などが国土交通省の工事現場から急速に広く普及しつつある。これは紛争の芽に早期対処できる手法として優れている。元・下間の紛争が多い実態からも、三者会議ではなく下請会社が参加する四者会議が望ましいことは言うまでもない。

2)第三者(調停人)の活用

 さらに、もう一つの問題がある。双方を納得させる問題解決が可能かという点である。公共工事では、発注者の指示により紛争を抑止して施工が進められる性格があり、必ずしも双務的な契約管理がなされているわけではない。元請契約に係るこうした片務的な契約管理は下請工事の施工にも大きく影響してくる。また、民間建築工事では発注者との契約関係にある監理者の存在が注目されるが、元請・下請間の紛争に対して何らかの役割を持つわけではない。
 中央建設業審議会が定める標準請負契約約款(公共工事、民間工事、下請工事)が平成22年の改正で調停人の役割を拡大した。改正前の規定では、調停人を置く場合、紛争解決にあたってあっせん又は調停を行うこととされていたが、改正により発注者と受注者との協議の場に立ち会って協議が円滑に整うよう必要な助言又は意見を述べることとなった。この規定を活用することで紛争を現場で解決できるケースが増えるのではないかと思われる。調停人によるあっせん又は調停を当事者が受け入れない場合は、中央又は都道府県建設工事紛争審査会のあっせん、調停又は仲裁にゆだねることができる。ただし、仲裁申請については、あらかじめ当事者の合意書が用意されている必要がある。
 海外の建設工事でよく使用されるFIDIC(国際コンサルティング・エンジニア連盟) の建設工事契約条件書では、発注者から委任された権限を行使するエンジニアが請負者からのクレームに対処し、エンジニアの決定に不服がある場合には、契約当事者の合意を得た委員(1名又は3名)により構成される紛争裁定委員会(DAB)が紛争解決にあたるという2段階方式をとっている。さらに、DABの裁定に服さない場合は国際商業会議所の仲裁にゆだねることになる。

3.ADR(裁判外紛争解決機関)の活用

1)ADRへの紛争処理申請

 建設工事の請負契約に係る紛争解決にあたっては、技術的な専門知識が必要であることやできる限り早期の解決が望ましいことからADR機関として建設業法に基づいて中央(国土交通省)及び都道府県に建設工事紛争審査会が設置されている。

2)紛争処理の方法

 建設工事紛争審査会が行う紛争処理の方法としては、あっせん、調停、仲裁があり、あっせんと調停は和解的解決であり、当事者双方の合意が必要である。当事者の合意が得られない場合は、仲裁を申請することができる。仲裁判断は仲裁法により裁判所の判決同様の強制力を持つ。
 はじめに述べたように、紛争審査会等が紛争解決に当たるに際しても、契約書及び契約管理のプロセスで作成された証拠書面が決定的な意味を持つことは当然である。過大なリスクを負担しないためにも書面作成と捺印を欠かさないことである。

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