社会保険等加入促進に関する取組の現状
屋敷課長
南塚 まず、国土交通省(以下、国交省)における社会保険等加入促進に関する取組の現状をお聞かせください。
屋敷 国交省では、「社会保険の加入に関する下請指導ガイドライン」の作成、許可(更新)時の確認指導などに取り組んでいます。元々、社会保険等への加入は企業や国民の義務であるにもかかわらず、最終的に加入・未加入を決める建設業者が、経営判断の一つとして、加入・未加入を決めているのが現状です。
南塚 「社会保険未加入対策推進協議会」の動向はどうでしょう。
屋敷 今年1月に、法定福利費を明示した見積書の活用などによって取組を強化するという関係者の申し合わせを行いました。こうした活動が功を奏し、最近は徐々に加入率も上がってきました。業界の経営者の意識が変わってきた証拠だと思います。
南塚 ただ、わが国の産業全体から見ると依然低いですね。
屋敷 加入率をさらに上げるためにも、加入を思いとどまるネックはどこか、加入に踏み切るポイントは何かなど、今後業界の皆さんと一緒に考えながら対策を練っていきたいと思っています。
南塚 先ほど、経営判断で社会保険等への加入・未加入を決めているといったお話がありました。そうなると法定福利費を確保できるような環境づくりが重要になってきますね。
屋敷 厳しい経営状況にあっても、加入は義務です。社員の処遇改善を図ることは会社全体のモチベーションに関わる問題です。その意味では、本来は経営判断の中で含まれるべき法定福利費を別枠に考えて、それが発注者から元請、専門工事業者へと広がっていくイメージを思い描きつつ加入推進に取り組んできました。1年間取組を進めていく中でいろんな問題が露呈してきました。それらを一歩先に進めるという意味で、今回の下請指導ガイドライン改正へと結び付いたのだと思います。
自社の経理内容を分析し法定費用をアピールしてもいい
南塚 今年3月に、(一社)日本建設業連合会(以下、日建連)さんから「社会保険の加入促進に関する実施要領」が出されました。各団体の取組も徐々に進んでいると思いますが、実態はいかがでしょう。
屋敷 日建連は建設業界の元請のリーダー的な存在です。そこが出したことに一つ評価ができると思います。内容としては、元請企業(会員企業)は、下請企業から提出される施工体制台帳で保険加入状況を確認するほか、下請企業に対して、保険加入状況欄を設けた作業員名簿を使用するよう指導することなどを記載しています。
南塚 かなり踏み込んだ内容になっていますね。
屋敷 これまで会員が順守してきた下請指導指針、法定福利費を明示した見積書の活用マニュアルを改め、一本化したところが大きなポイントです。適用は4月1日から。会員企業は、要領を実効性がある社長通達などの手段で周知し、社内一体で取組を実施することも明記してあります。より具体的で、本気度は上がっているとみていいでしょう。
南塚 逆に専門工事業者の側から見るとどうでしょう。
屋敷 元請からお金が出るのを待っているのではなくて、積極的に自社の経理内容などを分析して、「これだけの法定費用が掛かる」とアピールしてもいいでしょうね。企業体質、顧問取引関係の継続性、生産性なども含め、どういった体制で臨み、その中でどれだけの仕事量があり、どれだけ経費が掛かるかなどの原価計算もしっかりチェックし、経営管理や雇用管理と一緒に検討する。それをきちんと行った業者については元請側でも真摯に受け止めていく......そんな流れを専門工事業者側から仕掛けていくことも重要だと思います。
社会保険等加入が思ったように進まない要因
南塚 社会保険等への加入が思ったように進まない要因はどこにあるとお考えですか。専門工事業サイドの雇用管理上に難しさがあるのでしょうか。
屋敷 そうだと思います。社会保険等に加入するのが最終目的というよりも、きちんと雇用した上で適切な処遇にして、その中で生産性を向上させていくといった考え方が大切ですね。それが多くの会社に浸透すれば、建設産業は魅力的な業界と認知され、「働きがいのある職場」といったイメージが根付き、多くの若者が入職するはず。そこを目指したいですね。
南塚 本業界の雇用管理については、協力会社なのか、そうではないのか、請負形態と混在しているなどの"過去から続く悪習"が残り、一筋縄ではいかない話になっています。
屋敷 確かにそうですが、意識的に変えていく姿勢が大事です。「このままでも何とかなるさ」と楽観的に構えている会社も少なくありませんが、それでは将来が危うい。きちんとした雇用管理、あるいは経営管理ができている会社をパートナーに選ぶことが、正しい道筋だと思います。
南塚 今後少子高齢化が進んでいくと、労働力そのものが減少するでしょう。危機的状況になったときに「人がいない!」と慌ててもどうにもなりません。今までのように「高い日当さえ払えば人は確保できる」という発想では心配です。
屋敷 そういった企業はいずれ淘汰されてしまうでしょう。魅力ある産業を創出するためにも、雇用は大事だし、社会保険等への加入はその前提条件になります。これを避けて通ろうと思ったら将来の見通しが立たない。そこはちゃんと認識していく必要があります。
南塚 そこの意識づけは重要ですね。
屋敷 お金がないから入れないと言う経営者を建設業界全体として許してはいけないと思います。各業界団体が共通認識で進めていただきたいですね。
正規の雇用で安定的かつ適正な処遇を順守する産業に
南塚 今後の展望についてお聞かせください。
屋敷 建設業は、わが国のお家芸でもある「ものづくりの基幹産業」です。わが国の将来を展望する上でも、とても大切な分野といっても過言ではありません。しかし、繰り返しになりますが、今後その働き手が激減することは間違いない。これは建設業に限らず、全産業に共通します。国としても建設業だけを優遇するわけにはいかないのです。
南塚 では、それを前提に建設業が向かうべき方向性はどうでしょう。
屋敷 旧態依然の請負モデルを見直して、正規の雇用で安定的かつ適正な処遇を提供する産業になることが大切だと思います。そういった意味で社会保険等への加入・未加入は、企業の体質や経営者の姿勢を計る"物差し"のような性格を持っています。若い人たちが安心して入職したくなる建設業界を目指して、業界が一丸となって取り組んでいただきたいと思います。
南塚 本日はありがとうございました。