企画から設計、施工、維持管理まで建設生産システムの成果を高めるキーワードのひとつが情報の共有である。近年の電子情報処理技術の高度化は、膨大な量の情報を扱う建設生産システムに巨大なインパクトを与えようとしている。国土交通省は、1997年から設計情報等の電子化による効率的な処理を進めることを目的にCALS/ECの開発・普及に取り組んできた。その結果、図面や写真の電子納品、電子入札などの成果を得てはいるが、電子情報を施工段階において十分に活用できていない。一方で、民間の建築現場では、3次元建築情報により設計、施工の情報共有を進めるBIM※1が効果をあげはじめ、国土交通省では営繕工事でBIMの試行を行うとともに、土木についてもCIM※2と称して開発に着手した。さらに、携帯情報端末機の発達は、建設現場における情報交換に大きな変化を引き起こそうとしている。
CALS/EC※3とは、「公共事業支援統合情報システム」。設計・施工情報を電子化するとともに、ネットワークを活用して様々な業務プロセスをまたぐ情報の共有、有効活用を図ることにより、コスト縮減、生産性向上の実現を目的としている。
1996(平成8)年に建設CALS整備基本構想が策定されたが、その長期目標(2006~2010年)として、「21世紀の新しい公共事業執行システムの確立」を掲げている。具体的には、次の3項目に集約される。
①情報交換:成果品の電子化、図面の電子化、調達の電子化。
②情報共有・連携:統合DB環境の確立、転記作業の完全撤廃、保有図面・図書の継続的電子化。
③業務プロセスの改善等:電子データ環境における新たな業務執行システムの確立等。
これらの目標達成に向けてアクション・プログラム(AP)が策定された。AP2008では基本方針として、これまでの成果を踏まえ、生産性の向上、維持管理の効率化、透明性確保を図る観点から、
[目標1]入札契約書類の完全電子化による手続きの効率化
[目標2]受発注者間のコミュニケーションの円滑化
[目標3]調査・計画・設計・施工・管理を通じて利用可能な電子データの利活用
[目標4]情報化施工の普及推進による工事の品質向上
[目標5]電子納品化に対応した品質検査技術の開発
[目標6]CALS/ECの普及
の6つの重点分野においてICT技術を活用した建設生産システムの構築を目指している。
CALS/ECは、社会インフラの企画・計画から設計・施工を経て利用・管理に至るすべてのプロセスを通じて、電子情報化による品質確保とマネジメントの効率化をねらっており、CIMに重なるところが多い。しかし、入札契約制度の改善が緊急課題となった結果、[目標1]の電子調達に優先順位を置いたため、設計・施工を通じた電子情報の共有と活用等核心的な目標には到達していない。
一方、建設業における電子商取引の標準規格として1991年に「CI-NET」が認定され、2000年には「CI-NET LiteS」実装規約が整備されEDIの本格普及につながることになった。現在、都市部を中心に全国で9,500社を上回る建設企業がCI-NETを介して元請・下請間などの電子商取引を行っている。
BIMは、建物の3次元情報モデルによる関係者の情報共有と活用を図り、建設生産の生産性引き上げと建築物の性能検証の効率化、適格化をねらいとしている。1990年代の後半から民間の国際組織IAI※4が、3次元建物情報と属性情報をコンピューターに認識させる標準仕様(IFC)※5の策定を進めてきた。21世紀に入ると北欧、米国等で実証プロジェクトなどさまざまな取り組みが行われ、2005年にはIFCがISO/PAS(一般公開仕様書)として公開され、その後世界的にBIMの実プロジェクト実施が拡大した。米国連邦調達庁は、多くの実証実験を経て2007年度からBIM/IFC活用を発注条件にしている。本年3月にIFCはISO16739として正式な国際標準となってBIM普及の強力な基盤となった。
米国などでは、BIMによって発注者、設計者、施工関係者など関係者が3次元設計施工情報を共有し、活用することにより、ひとつのチームとしての信頼性が高まることから、新たな建設生産システム※6を模索する動きが拡大している。
国内においても2009年以降急速に普及しつつあり、民間発注の多くの建築工事において実施され、東京スカイツリーの工事においてもBIMが導入されている。官庁営繕工事についても、国土交通省は2010年度からBIMの実証プロジェクトの試行を開始した。
土木の分野においても情報化施工への取り組み、電子調達、電子納品など個々の電子化は進んできたが、建築分野のBIMのような全体プロセスの電子化ではない。
2012年12月に策定された「国土交通省技術基本計画―安心と活力のための明日への挑戦―」において、7つの重点プロジェクトの一つとして「建設生産システム改善プロジェクト」を挙げ、「BIMの要素を建設分野に取り入れCIMの概念を通じ建設生産システムのブレークスルーを目指す」としている。国土交通省は、2012年度から全国8つの直轄プロジェクトにおいてCIMの効果を検証するための試行を行っている。2012年度は設計段階の試行であったが、本年度は工事に移行して試行を継続している。さらに数年後には3次元情報の維持管理への活用を視野に入れている。インフラ・ビッグデータの活用である。
このように発注サイドの取り組みが始まっているが、受注サイドでは工事施工にCIMを導入するケースがすでにみられている。東京都発注の黒目橋調整池3号池では、鉄筋の配筋図を3D化して元請JVの担当者と鉄筋施工会社などの職長と共有することにより、複雑な施工箇所もディスプレイで画像をみながら事前の入念なチェックが可能になり、手戻り防止に大きな効果があった。また、関係者が施工プロセス全体を理解することにより施工効率アップに向けた提案に結び付く効果もみられている。※7
日々発展するICT技術を建設生産システムに活用する流れは、ますます強く速く進むだろう。この流れに乗れるかどうかは、企業の持続力を左右する。総合工事業も専門工事業も最低限のICT技術を使いこなすことは必須条件であり、企業の選別要件となると思われる。
また、携帯端末の活用が現場で進むにしたがって企業情報及び個人情報の保護等情報セキュリティの確保が大きな問題になる。すでに、他産業でもさまざまな問題がマスコミなどで報じられており、現場情報の的確な管理が求められよう。
いずれにしても、品質の維持向上、生産効率の向上などを求めれば、ICT技術の最大限の導入、活用が必要なのであり、それに伴い発生する問題に敏速に対応する必要がある。
※1 Building Information Modeling
※2 Construction Information Modeling
※3 Computer-aided Acquisition and Logistic Support
※4 International Alliance for Interoperability:建築関係ソフトウェアの相互運用を進めるための標準規格作成を目的とする民間国際機関。
※5 Industry Foundation Classes:IAIが作成した建物を構成するオブジェクト(壁・ドア等)のシステム的な表現方法の仕様。
※6 Integrated Project Delivery:BIMの導入による設計・施工情報の共有を前提に、企画、設計段階からオーナー、設計者、施工者がプロジェクト目標の達成に向けたチームをつくる。米国で試行されている。
※7 日経コンストラクション 2013年6月24日号による。