企業経営改善

建設生産システム再考

第8回|建設生産システム改革の方向

(一財)建築経済研究所客員研究員 六波羅 昭

 これまで7回にわたり近年における建設生産システムの変化とその行方についてみてきた。価格競争の激化、下請調達の市場化、雇用崩壊と労務の請負化などこの20年ほどの間に進んだ一連の変化は、建設投資の急減という厳しい市場条件に適応しようとする建設産業の市場行動として生じたものといえる。東日本大震災の復興事業、国土強靭化政策あるいは東京オリンピック・パラリンピック開催に向けた都市整備事業などが日本経済の立ち直りを牽引しつつ民間投資に結び付く良い循環が始まろうとしており、市場条件は改善しつつあるものの就業構造の高齢化、労働生産性の低下に代表される建設生産システムの内部の傷みは深刻である。
 最終回では、当面する数多くの課題の中から特に重要なものとして、
建設生産システム選択の柔軟性
ICTによる生産性改革
最大の難問・人材確保
という3点にテーマを絞りたい。

1.  建設生産システム選択の柔軟性

 建築物、土木構築物の利用者および所有者が満足しているかどうか。建設生産システムの成果はこれで決まる。すなわちライフサイクルでみたトータル品質とトータル価格である。企画−設計−施工・監理−維持補修−解体・廃棄と長いライフサイクル全体の最適値を目指すことは容易ではない。
 まず問題になるのはプロジェクトに最適な生産システムづくりである。本連載第1回で述べたように、生産システムの形にはきわめて多様な選択肢がありうる。プロジェクトの特性に合致した生産システムを構築することがパフォーマンス引上げの重要な手段であり、それが可能な調達方式を選択すべきである。
 公共調達は、設計施工分離型で指名競争入札・最低価格落札方式が中心的であったものが、近年は一般競争入札・総合評価落札方式が広く実施されるようになった。同時にPPP、DBなどプロジェクト形態、外部調達範囲と選択方法などさまざまな面で多様な選択が行われるようにはなったが、これらはまだ特別なケースという位置付けに置かれている。
 トータル品質とトータル価格をターゲットとすれば、生産システムの形の選択は柔軟にする必要があり、高度な品質を求める技術提案・交渉方式、補修工事等の多年度包括契約や共同受注、発注者支援に資するCM方式などを含めて調達方式の多様化とその結果としての生産システムの多様化が急がれる。

2.ITCによる生産性改革

 建設生産システムの内部に目を向けて生産性阻害要因を探すと、発注者、設計者、施工者間の設計・施工情報の偏在、即ちコミュニケーション不足によるところが大きい(第3回参照)。生産性引き上げの第一の要点は、生産システム構成員相互間における情報共有を核にした双務的なパートナーシップつまり有機的な関係をつくりだすことである。近年、国の公共工事では、発注者主導による三者協議、設計変更協議会、ワンデーレスポンスなど情報共有、コミュニケーション重視を掲げる対策が大きな効果をあげている。さらに注目すべきは、BIM(Building Information Modeling)により3次元設計情報を施工プロセスにおいて生産システム構成員が共有することにより品質と生産性を抜本的に高めようとする動きが大きくなってきたことである(第5回参照)。土木分野においては、CIMへの取り組みが試行されている。
 BIMを情報基盤として生産システムを構築することで、生産性を抜本的に引き上げようとする試みがIPD(Integrated Project Delivery)であり、従来型の生産システムと比較すると下図のように著しい差がみられる。IPDにおいては、発注者・設計者・監理者・施工者の相互間でパートナリングのような有機的関係を構築し、BIMによって3次元(場合によっては4、5次元)の設計情報を共有して施工のパフォーマンスを高める。さらに施工データを加えることで、このビッグデータは後工程である維持修繕で活用され、ライフサイクル・トータルの品質・価格における成果を高めることができる。IPDチームは、できるだけ早期に構成され設計段階でBIMの構築に参加するため、どのようにしてチームを早期に作るかが最も重要なステップになる。

3.雇用関係確立と人材確保

 建設生産システムの成果(品質と生産性)引き上げにとって最大の難関は、建設技術者、技能者の確保、養成である。建設業就業者の年齢構成を2013年の労働力調査でみると、29歳までの若年層は51万人で就労者総数499万人の10.2%まで落ち込んでしまった※1。このような状況は、建設産業の持続性に疑問を投げかけている。
 建設市場の縮小と競争激化の中で、技能者の非社員化などによって労務費を削減してきた。これが社会保険未加入など雇用環境の悪化、若年入職者の急速な減少を招いた。この問題に対しては、適正な労務関係費を含む請負代金を確保し、社会保険等の福利関係費込みの賃金支払いを可能にして、社会保険等の加入徹底を実現すべく関係者の取組みが進められている。前回ふれた公共工事設計労務単価の大幅な引き上げ、標準見積書の活用と社会保険未加入者の排除が具体策として実施されている。
 厳しい経営環境において、かなりの建設技能者が雇用から請負(多くは偽装請負)へ切り替えられた結果として、社会保険未加入などの問題が見えにくくなっている懸念がある。公共工事労務費調査によれば、現場就労者の社会保険加入者割合は、建築工事で6割、土木工事で7割程度であって、3~4割が未加入である。雇用関係が明確な正社員については加入状況が良好であることから、雇用関係の確立を促す様々な方策を進めるべきである。
 今後に見込まれる建設投資、インフラ補修の増加による建設労働力のひっ迫に対して外国人労働力の一層の活用が検討されており、これはもはや避けることができない道であるが、その前提としても雇用関係の明確な確立という労働環境の基盤整備を急がなければならない。

※1 2000年には20.5%であった。

従来型生産システムとIPD生産システム

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