企業経営改善

有識者インタビュー

社員が能力を最大限に発揮できる組織とは/同志社大学 | 太田 肇 氏

同志社大学 政策学部 教授(同大学院総合政策科学研究科教授)
太田 肇 氏 

 社員の意識改革の必要性を訴える経営者は多い。一方で、経営者が社員に求める独創性や創造性、感性やひらめきといった能力は、個人の高いモチベーションがあればこそ発揮されるものである。
 個人と組織の関係について多くの著書を出されている同志社大学の太田教授にお話を伺った。

 


太田 肇 氏

同志社大学 政策学部 教授(同大学院総合政策科学研究科教授)
太田 肇 氏

1954年生まれ
同志社大学 政策学部 教授(同大学院総合政策科学研究科教授)
経営学者。専門は組織論、モチベーション論。神戸大学大学院経営学研究科修了。 公務員を経験後、三重大学人文学部助教授、滋賀大学経済学部教授を経て、2004年より現職。個人の能力を引き出す組織のあり方について研究。

主な著書/
『子どもが伸びる ほめる子育て-データと実例が教えるツボ-』(筑摩書房)
『組織を強くする人材活用戦略』(日本経済新聞出版社)
『表彰制度-会社を変える最強のモチベーション戦略-』(※日本表彰研究所と共著、東洋経済新報社)
『公務員革命-彼らの<やる気>が地域社会を変える-』(筑摩書房)
『承認とモチベーション』(同文舘出版)
『「見せかけの勤勉」の正体』(PHP研究所)

太田肇公式ホームページ

 

●個人のモチベーションと組織について

-今、建設業は、若年者の確保・育成が大きな課題になっています。先生は、社員のモチベーションと組織との関係について多くの著書を執筆されていらっしゃいます。是非、建設業にとって参考になるお話をお伺いできればと思います。最初に先生の研究テーマである「組織論」とはどのようなものか教えて下さい。
 組織論というと一般の人は組織図などをイメージされると思うのですが、組織の中で働く人、個人と組織の関係を研究するのが組織論の中心なんです。私は、モチベーションというのは個人と組織を媒介するキーワードだと思っています。やる気があるというのは、働く人にとってやりがいがあるという状態です。そしてモチベーションが高いと成果が上がって、企業や組織の利益に繋がっていくことになります。ですから、働く人のモチベーションを高めるということは、個人にも組織にも良いことだし、そして社会にも役に立つと考えています。

-モチベーションと関連すると思いますが、先日(2013年10月)、NHKスペシャル「病の起源」という番組がありまして、専門職や技能職に就いている人と、営業・事務や非技能職に就いている人とでは、うつ病の発症率に2倍以上の違いがあるそうです。自らの裁量で仕事をしていると感じているのか、命令されてやらされていると感じているかが、大きな差になって表れているという分析でした。
 仕事をする上で、個人のモチベーションというものがいかに重要かということでしょう。何も判断させてもらえないなかで仕事をする状態というのは、かなりしんどいことです。たとえ、超多忙であっても自分の判断で仕事をする方がよっぽど良い。いかに心の有り様が大事かということだと思います。

-ところで、先生は、公務員のご経験もありますが、今の研究と関連はありますか。
 公立の労働問題の研究機関などいくつかの職場を経験しました。その時の経験があるため、今の研究をする上で、組織の中での人間関係だとかモチベーションだとか、比較的リアルに分かるということはあります。

欲求段階説(マズロー)

-モチベーションを高める手法として、先生の著作には、「表彰制度」に関するものがあります。人間の欲求は低階層の欲求が充たされるとより高次の階層の欲求を欲するというマズローの欲求5段階説をもとに「承認とモチベーション」の関係について分かりやすく書かれていらっしゃいます。
 マズローの欲求階層は5段階あるのですが、多くの人は一番上の階層にある「自己実現」というところに焦点をあてて、その手前の「承認」とか「尊敬」という部分には論究しないんですね。私は、そこにこそ秘密があると思っています。みんなが触れないというのは実は重要だからだと思います。

-確かに、承認や尊敬は、自分から言うものでなく、第三者が評価するものといった少し引いた意識があって、本音では欲していても表立って議論されてこなかったのかもしれないですね。ちなみに、昔と今を比べて、その中身は、変わってきているのでしょうか。
 かつて10年20年前は、地位や肩書きが、承認・尊敬とイコールだったと思います。出世して高い地位に就くことというイメージです。今それは大きく変わってきていると思います。特に今の若い人にとって、出世や肩書きよりも、仕事そのものが周囲から評価されることにやりがいを感じ、その方が大事だと感じている人が多いと思います。

●建設業に若者を呼び込むには

-今、時代が大きく変化する中で、若者の雇用が問題になってきていますが、キャリア教育・職業教育について、先生はどうお感じですか。
 大学におけるキャリア教育について言えば、はっきり言って、社会を知らない大学の教員に任せていても無理だと思います。私自身は、自分で考える力をつけさせることが大事だと思い、そのように指導しています。
 建設業に限らず、どこの企業にもあてはまると思いますが、大学で企業説明会が頻繁に行われていますが、そこで交わされる企業と学生の議論を聞いていると、建前の話が多い気がします。建設業でいえば、大きな橋や建物を作れると、そういう魅力をアピールしているのでしょうけど、それはみんな分かっていると、むしろ、もっと本音の部分で、働く人の生の声として、こんないいことがあるよということを学生に訴えれば、魅力を感じて飛び込んでいくと思います。会社のホームページに載っているような話は事前に見ていますから。ただ、学生の方も遠慮して質問しないんですよね。残業はどれくらいあるのかとか、休みはとれるのかとか、本当は一番訊きたい話なのに訊かない。

-建設業は基本、生産現場は屋外ですから、天候によっては定期的に休みが取得できないとうことは当たり前の世界です。きちんとそういう面も伝えないといけないですね。
 そういうマイナス面もきちんと話した上で、でもこれだけのやりがいのある仕事だよということを言った方が、学生の方も安心して飛び込んでいこうという気になると思います。

-大学では、インターンシップはどの程度やられているのでしょうか。
 受入先の都合もありますし希望者だけですが、これからは、私は、インターンシップはもっともっと広がっていって、そこからでないと採用しないようなことになってくるのではないかと思っています。今のように海のものとも山のものとも分からないものを学歴だけで採用して、採用したら解雇できないというのは、あまりにも無理があります。

-先生から見て、建設業の若年者不足に対して、どんなことが必要だと思いますか。
 終身雇用が難しくなってきた状況では、業界内で人材が流動的に移動しやすくするという考え方も必要になってきます。製造業は、海外に出て行ったり、機械化によって労働力がいらなくなったりしますが、その点、建設業は、人が生活する以上、これからもずっと必要とされる産業です。
 それと人間特有の感情や気持ちといったものを大事にしてほしいと思います。建設業に携わる人にとって「あの橋は俺が作った」ということが誇り・やりがいになっていると思います。可能かどうか分かりませんが、例えば、橋などに建設に関わった人の名前を刻むなんていうことができると、働く人にとっては大きな励みになるのではないでしょうか。個人の名前を入れるのはどうかということなんでしょうが、道路とか橋とか建物だとかみんなが使うわけですから、作った人の個性をもっとアピールする機会を増やしたら良いと思います。

-脱工業化社会といわれる中、建設業界もIT化や機械化が進んでいますが、依然として多くの肉体労働を必要とする産業です。そこが若い人に敬遠されている面もあるかもしれません。
 同じ肉体労働でも、単純労働ではなく、これまで以上に職人的な要素が必要とされるようになってきているのではないでしょうか。また、そもそも、職人というのは肉体労働でありながらも知的な仕事です。そうした職人的な労働、技術・技能の価値を安売りしてしまっているのではないでしょうか。中小企業経営者が、ものづくりのプロではあるんだけれど、経営力、マネージメント力がないという話をよく聞きます。

―これまでは、自らをアピールすることに控えめというか、自分たちは縁の下の力持ちでいいと、そういう意見もありました。建設業は災害時にも真っ先に被災現場で活動していますが、それを世間一般にもっと知ってほしいと思っています。
 ある面では公務員にも似ているかもしれません。3年ほど前に「公務員革命」という本を出したこともあり、最近、役所から呼ばれる仕事も増えたのですが、公務員もかつては縁の下の力持ちでした。公務員は、まじめな方が多いし、モチベーションも確かに高い。でも私は、「やる気の天井」と表現しているのですが、そのモチベーションは一定以上でも以下でもない。これからは、定型業務は機械やコンピュータがやります。公共機関も民間と一緒に仕事をする機会が増え、新しいアイデアや発想、チャレンジ精神が必要になります。そのためには「やる気の天井」があっては良い仕事はできない、これを打ち破らないといけない。災害時の話が出ましたが、公務員も災害時に地域のために一生懸命仕事をして、活躍して、住民から感謝されて、それが誇りになって、そうした時にモチベーションが高くなっているわけです。逆に、なぜ日常の業務においては、同じようにモチベーションを高く持って働かせることができないのか、そう考えると答えのヒントが見えてくるような気がします。

-工業高校生の作文などを読むと、将来、建設業に就職したいという子の動機は、リフォームのテレビ番組で、お客さんが喜ぶ姿を見てと書いてあることが非常に多い。将来、自分もああいう仕事をして、お客さんに喜んでもらいたいという純粋な気持ちです。住宅だけでなく、ありとあらゆる面で建設業は、人々の生活や社会の役に立っているわけですから、そこをもっとうまくアピールしたいのですが、公共事業だと誰かから感謝の言葉をかけて貰うという機会が、現実にはなかなかありません。むしろクレームを言われることの方が多い。
 仕事で誰かから認められたいと思う若者は多いし、その意識は強いと思います。アピールという部分で真面目な話、建設業で働く若い男性は、女の子によくモテるらしいですね。「肉職系」とかいいますか。ジムで鍛えた筋肉と違う、自然な感じで、あれが凄く魅力だということのようです。学生からも聞きましたし、会社の人からも聞きました。建設業ではないですが、消防士さんなんかも、昔と違って今は凄いモテて、合コンの申し込みが殺到しているそうです。

-若い人を増やすには、待遇改善とやりがいの向上、それに広報と総合的に進めていく必要がありますね。広報においては、もちろん真面目な部分も必要ですが、今のお話しのような少し遊び心というか、そういったコンテンツも必要なのかもしれません。「モテる」というのはある意味、直球勝負ですが、一番の「承認」でもありますね。建設業が景気の良かった時代にモテたという話はよく耳にしますが。
 その時代のモテると今のモテるは少し違う気がします。広報というお話しが出ましたが、市役所とかでもよく私は言うのですが、市の広報に職員のことはあまり載せないですよね。うちの職員でこんな活躍をしているのがいますよというようにアピールしたら、住民も市役所はよく頑張ってくれているんだなと思うし、職員自身にもやる気が出るし、良いことだと思うんです。それは、建設業でも同じ事が言えるのではないかと思います。

●社員のやる気を引き出すには組織を変えるべし

-そこで、個人のモチベーションを高めるのは、組織の枠組みを変えろという先生のお考えがあるわけですね。
 やる気を出せとか、リーダーの心構えだとか、そんなものは、いくら唱えてもあまり効果がないと思います。逆に、枠組みさえ変えたら放っといても頑張り出します。

-組織の枠組みを変えるというと大変な気がします。「表彰制度」は、どの企業にとっても取り組みやすいと思うのですが、どんな風に始めればよいのでしょう。
 あまり権威のある表彰よりも、むしろゲーム感覚のような、軽い表彰制度を取り入れる方が、実際は組織の活性化に効果があると思います。権威のある社長賞とか会長賞とか、そういうものを貰えるのは一人や二人でしょうし、そういう人は、出世するだろうし、普段から注目されているでしょうから、あえて表彰する必要もないんですね。
 実は、表彰制度には、失敗例というのもたくさんあって、表彰された人がみんな辞めてしまったなんてケースもあります。ある例では、トップがMVPを選んで、そしてかなりの額の賞金も出したのに、1~2年後に表彰された社員がつぎつぎと辞めてしまった。この場合、三つくらい理由が考えられます。一つには、それだけの実力のある人ならもっと良い待遇のところに転職したのだろうということ。二つ目は、周囲の妬みです。「表彰されたんだから、これぐらいやりなさいよ」と言われたというようなことが実際にあったそうです。三つ目ですが、私はこれが一番大きいと思うのですが、表彰に応えなくてはいけないというように本人がプレッシャーに感じてしまったということです。あまり言われていませんが、最近の若者はマジメな子が多いですから、心理的なプレッシャーですね。表彰制度のネガティブな効果です。これが意外に大きいと感じます。

-やり方によっては、薬にも毒にもなるということですね。一時期、学校の運動会で順位をつけないなんてことを聞いたことがあります。妬みという部分もあるのか〝みんな頑張ったね〟が、収まりがいいのでしょうか。
 よく分析してみると構造の問題だと思います。色々な機会に自分の力が発揮できて、走るのはビリでも、一輪車に乗るのは負けないよとか。多元的な評価と基準があれば、みんな平等にしなくても良い話です。

-自発的で高いモチベーションを引き出す組織づくりの方法について、先生はDISCO「Differentiation(分化)、Independent(自立)、Simple(単純)、Chaotic(乱雑)、Open(開放)」という5つのポイントをあげておられます。その中で、色々な分野の専門家、スペシャリストが融合して新しい価値を生み出していく組織づくりということを先生は提唱されているかと思いますが、一元的な評価基準に適合する社員を多く育てる時代ではないということにも繋がるお話しですね。
 組織づくりにおいて「カオス」ということの重要性を言わせてもらっていますが、最初はみんなに遅れてきたけど、何かで一発逆転をするとか、違うキャリアのコースを見つけて、そこで逆転してやるとか、いろいろなキャリアのコースがあれば序列ができないと思うんですね。一元的な評価しかしないと、大学の偏差値と同じで、細かい序列ができてしまう。

-従来は、係長、課長、部長というきっちりした序列・役職があって、長い間、そういう社会・組織で生きてきた経営層にとって、たとえ今の組織に閉塞感を感じても、フラットな組織体制にするには相当の勇気や自信がないと難しいように思いますが。
 確かに、社内の序列も一方では必要だし、なかなか変えられないと思います。私が、役所の幹部によく言うのは、肩書きと給与とステータスは今まで通り保証しても良いが、部下を管理したいという欲望だけは捨ててくださいと言うんです。そうしないと若い人が積極的に、自発的に仕事に取り組めません。例えばスタッフで補佐だとか言う役職の方は、縦の命令系統に加わらなければいいんです。でも日本では序列という考え方から抜けきれないから、その人たちも部下を管理したり、口を出したりしている。結果的に階層がたくさん出来てしまって、下の方にはいい仕事、大事な仕事が回ってこないし、いちいち上から口を出されてやる気をなくしてしまうということになってしまう。

-今の企業の年齢のピラミッド構造からして、バブル世代はたくさんいるので、そこのモチベーションを高めようとすると、その下の層のモチベーションを奪ってしまうことにもなりかねないということも耳にします。また、ラインから外れると出世競争から外れたみたいな印象もあります。
 そうではないということをきちんと示す必要があります。スタッフには特命の仕事を任せるとか。長期戦略を練るプロジェクトのメンバーにするとかですね。そうすれば、是非参加したいという人がいるし、いくらでも人材を活用できると思います。処遇のところから出発するとうまく持っていけないでしょう。

●若い社員にもっと活躍の場を

-人材育成という部分で、中小企業ならではのメリットもたくさんあると思います。
 それがあまり活かされていないような気がします。経営者と若い社員との距離も近いはずですし、それに大企業と違って、社員数も少ないですから、若い社員でもある程度、重要な仕事に関わっていけます。中小企業だとあまり転勤も多くないでしょうから地域に根を下ろして仕事ができます。その部分を経営面でも若い人へのアピールでも、活かし切れていない気がします。

-長い間、若い人を採用して来なかったせいもあって、中堅社員が若手社員の教え方に悩んでいるという話をよく聞きます。承認する側の上司もどこで声かけたらいいか分からない。分からないと悩んでいる人はまだ良くて、黙っていてもついて来るんだろうと思っている人も少なくないかもしれません。
 それは、私もよく聞くし、感じます。いわゆる兄貴肌・姉御肌と言われる人が少なくなった。会社にそういう存在がいないと若い人が孤立してしまう。かつては、そういう人が現場にいてくれるから、安心して若い社員の教育を任せておけた。今は、その部分も経営者がやらないといけないんですね。最新の著書『子どもが伸びる ほめる子育て-データと実例が教えるツボ-』にも書いたのですが、家庭においても父親が兄貴の役割もしなくてはいけなくなった。上だけでなく斜めの視点も必要になった。一人っ子だったり兄弟が少なくなっていますから。従来は威厳のある父親の存在を兄貴がうまく緩和してくれていた。フォローする人がいなくなっています。

-ネット社会になって、若い人のコミュニケーション能力が落ちたとも言われています。
 私が良く感じるのは、研修所で研修を受けている間は、意識を変えようとするんですね。部下も管理職も同じです。でも、もとの職場に戻ったらもとの風土に戻ってしまう。ですので、私は上司と部下とペアで研修を受けさせたら良いと思っています。そうすれば、お互いに急に手のひら返したようにはできませんから。

-社員が仕事に対して自発的になる上で、やらされていると感じるとうまくいきません。この辺が難しいですね。
 自分にとってプラスになると言うことを分からせないといけません。それが理解されると仕事が楽しみにも繋がるし、勉強にもなる。今の会社だけでなく将来、独立や転職する場合でもプラスになる。そういうことになれば、自発性が生まれてくる。

-将来は独立や転職というと、経営者にとっては、せっかく育てた人間が出て行ってしまうというマイナスのイメージもあると思います。
 そういう人間を留めておいても仕方ないですし、むしろ人間というのは出ても良いよとなると案外出て行かないものです。出さないようにしていたら、社員はそれを敏感に感じますから、逆にその会社でのキャリアに限界を感じて出て行こうとするものです。

-社員に自発性を求めていながら、一方で転職・独立といった自立性を押さえ込むやり方は矛盾しているということですね。建設業は、人材の流動性という部分でいえば、職人さんの世界では、いわゆるのれん分けで、腕を上げると、親方として独立する文化があります。独立すると雇用されていた時よりも手取りが良くなるし、その親方がまた若い人を育てていってという良い流れがあった。ただ、ここ長らく受注量が下がっていった中で、コスト削減で、会社側が常用雇用しないという形で、一人親方が増えたという側面もあります。
 私の著書、『社員が「よく辞める」会社は成長する!』でまさにそういうことを書かせて貰っています。ラーメン屋さんとか居酒屋さんでは「のれん分け」、「巣立ちのパワー」をうまく活用しています。そういう仕組みがある会社では、独立後は気心が知れた仕事のパートナーとして、また巣立った側も元の会社に恩義を感じていますから、喧嘩がおこるわけでもなく、会社にとっても好都合なのです。

-成熟社会といわれる先進諸国の中で、欧米は移民を受け入れてきたことが、社会の活性化にも繋がってきた面があるかもしれません。グローバル化の進展もありますが、日本はどうしていったら良いとお考えでしょうか。
 やはり仕組みを変えることです。例えば採用一つにしても今までのように学歴で輪切りをするのではなくて、先程も話しましたが、基本的にインターンシップをして、適性のある者を採用して、適性がなければ採用しなければ良い。その方が、お互いにとってプラスなはずです。
 学歴や資格、これまでの先入観に基づく人物像だとか、極端に言えば、そういうものは排除してしまって、結局、良い仕事をする者が良い社員だというように割り切ったらよいと思います。階層が何重にもなっている組織も実質上もっとフラットにして、権限委譲もトップからミドルだけでなく、末端にも権限を与える。権限、裁量の自由を与える代わりに責任も伴うわけですから、その成果をきちっと見るというようにしていけば、自然に気持ちも働き方も変わってくると思います。そこまで、みんな思い切って出来ない。
 組織をガラッと変えると適合するまでに時間もかかります。最低3年はかかると思います。それが待てないので、やっぱりダメだったと結論を出して元に戻してしまう。1~2年は結果が出なくても、確信を持って実行できればよいのですが、またもとに戻るかもという状態では、益々適合に時間がかかります。
 まったく建設業とは違う分野の話ですが、テレビ局のプロデューサーとかディレクター、新聞社の記者とか、ああいう方々は20代の半ば位で、大きな責任のある仕事を与えられています。先日もあるテレビ局のディレクターと話をしましたが、学校出てすぐ22~23歳位で、すぐに企画書を書かされて、その企画が通ったら、キャストから脚本からその番組全部を任されたと。任せられれば、任せたことが全部自分のためになって返ってくると分かれば、若い人でも充分やれるわけです。

-若い人に任せるのは不安でなかなか難しい。放任するというのとも違うわけですよね。
 サポートすることも大事ですが、結果について責任を持たせるというか、自分に返ってくるようにすることですね。「責任」というのが、英語の責任と日本語の責任と違うんですね。日本では責任というと取らされるものといったイメージの言葉ですが、アメリカで責任とは、裁量権のことなんですね。だから任せて責任を取らせるのではなく、任せて結果について良いことがある、業績を上げたらそれがストレートに自分に返ってくるようにしたら、放っておいても頑張るはずです。先程のテレビ局の話でいえば、素晴らしい番組を作ったら、誰が作ったのか、みんなが分かるから野心も沸いてきます。

-建設業界に現場監督の資格で施工管理技士という資格があるのですが、1級を受験するには、工業高校卒で10年の実務経験が必要なんですね。このため、なかなか若い人が活躍できないという部分があって、一定の要件があればチャレンジできるように少し見直そうという動きもあります。
 我々からしたら10年というのは短いと感じるかもしれませんが、10代や20代の子にとって10年後といったら、ずうっと先のことに思えるはずで、それではやる気も出てこないと思いますね。

-確かに若い頃は、1つ学年が違えば先輩後輩で、また経験も大きく違ってきます。
 若い頃から活躍して、注目されるような機会を与えないとダメだと思います。お金とか地位ではなくて、それもある程度はもちろん必要ですが、活躍して認められるということ、これが一番大きいと思います。

-例えば左官屋さんなら1人前になるのに10年かかるといわれています。職種によって違いはありますが、ある程度1人前になるには、修行も必要です。3年の壁というような話もよく聞きます。もう少し我慢して頑張れば、仕事を覚えて、そうすると面白さが分かってくるのに、その前に辞めてしまうという話です。任せられるとなるまでの間の承認の仕方、自信のつけさせ方というのは、どのようにすれば良いのでしょう。
 やり方は、いろいろあると思います。一つは、オーソドックスに仕事ぶりを褒める。もう一つは、一番の自信に繋がっていくのは、お客さんからの声です。お客さんというのは文字通りのお客さんじゃなくても、関連する部署の人でも、次の工程の人でも良いのです。
 あと、社員それぞれの得意なものを活かせる工夫がもっと取り入れられないかなと思っていて、今、私が勧めているのは、例えば金曜日の午後3時くらいから職場で研究会を開いて、自分の得意なものを披露する。それをもとに議論して、6時くらいになったら宴会に移行すると。たまには泊まりがけでやると。ただし、強制にしたらダメです。自由参加だけど会社がある程度費用負担をする。この時、上司も部下も立場は対等でやるべきで、運営委員は若手に任せる。そうすれば、コミュニケーションも高まるし、自信もつく。実は、これを実践した会社が何社かあって、だいぶ風通しが良くなって、やって良かったと言っています。研究会とか、もしくは何かのプロジェクトとかは、仕事とは少し離れたところで、若手社員を主役にさせる機会を作れます。大企業でも20代前半で仕事の中心になる機会なんて、なかなかないですから、レクリエーションだとかイベントの世話役をさせると、偉い部長さんとかと話をする機会も出てきますし、そこで、気が利くとか、できるとか認めてやることもできる訳です。

-先ほど、中堅社員が若手社員の教育に悩んでいるという話がありましたが、バブル以降、定期採用しなくなった企業も多いようです。長らく新卒採用をしてこなかったため、先輩と年齢の間が5年10年と開いてしまった。5年10年上と言うと先輩というより完全に上司です。これは、採用とも繋がっていて、先輩後輩のネットワークがあると同じ学校から紹介されてというようなこともあったわけです。
 若い人は先輩を見ていますから、先輩が魅力的だったら頑張ろうと思うし、魅力がなかったら辞めると言いますね。先輩は大事です。先輩に対して、後輩に魅力を持たれるように、オシャレしたり、スマートにやってくれといえば、それだけ後輩から見られているんだなと、本人も意気に感じて、教える側にも効果があるでしょう。

-経営者は、若い社員だけでなく、教える側にも良く目を配る必要があり、それをきちんと評価するということですね。
 メンター制度を導入している企業では、新人よりもメンターの成長の方が、効果がはっきり出ている、教える側が伸びると言います。いろんな工夫を試しながら、また本当にそれで社員が育つのかということを確かめながら、やったら良いと思います。
 上司と部下との面談とか、キャリアの助言とか、そういうことを調べてみると日本ではあまりやっていないんですね。アメリカなんかは頻繁にやっている。1回に1時間ぐらいかけて、上司が部下に対して、仕事上困っていることはないか、サポートできることはないかということで、本当に頻繁にコミュニケーションをとっているようです。日本だったらキャリアについて、例えば転職とかいうとタブー視されますが、そういうことは一切なくて、それなら、あなたはこういう能力を磨いておいた方が良いとか、本当の意味で腹を割って相談・助言をしている。日本では限られたことしか相談できません。

-社員が変な辞め方する時は、大抵、上司が部下の話をきちんと聞いていなかったということがよくあるようです。アメリカ型では、任せている一方で、きちんと部下の本音の部分も話をよく聞いていると言うことですね。そうすると、日本は、任せるのも、話も聞くのも中途半端ということですね。
 日本とアメリカでは、その中身、質が大きく違うと思います。

-建設業はチームワークでする仕事ですから、仕事上のミーティングは頻繁にやっているのですが。徐々に職人魂とか技術屋魂とか、そうしたものが、失われつつあることを危惧する方もいます。
 ある大手の建設会社の幹部の方とお話しをしたら、最近は、飲み会も減ってきたとおっしゃっていました。建前の部分だけ残って、本音の部分で話せる場、日本的ないいところが失われてきた気がします。職人としての能力を見せつけたり、あるいは転職できたり、独立できたりというモチベーションが高まる仕組みにしないと、ただメンタル的な貢献だけを求めても無理だと思いますね。お客さんだけじゃなく、業界内部でも職人さんの技をきちんと評価する風土ができれば変わってくると思いますね。

-最後に建設業の経営者に一言お願いします。
 経営者には、本音の夢を語って、そして聞いてあげて欲しいですね。社員が「やらされている」と感じていては、自発性は高まりませんし、能力は発揮されません。自分にとってプラスになる、自分のための能力開発という意識に変える必要があります。そのためには、組織の枠組みを変えないといけません。それは、必ず会社にとってプラスになります。

-ありがとうございました。

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