石田哲也氏
東京大学大学院工学系研究科准教授。1971年、山梨県生まれ。94年、東京大学工学部土木工学科卒。専門は社会基盤学で、特にコンクリート工学、地圏環境工学、多孔体熱力学など。著書は『マンガでわかるコンクリート』(2011年9月)など。
古くから使用されてきたコンクリートの歴史
―コンクリートは身近な存在でありながら、その詳細は必ずしも知られているわけではないと思います。2011年に石田先生は『マンガでわかるコンクリート』という本を出版されましたが、今日は、その歴史や文化を含めていろいろ教えてください。
石田 では、まず歴史からお話しましょうか。古代のコンクリートを知る上で重要な手掛かりとなる遺跡が、1980年代に中国の大地湾という場所で発掘されました。5000年前のものとみられる住居跡では、床材としてコンクリートのような材料が使用されていたことが明らかになっています。
―古代ローマでも使われていますね。
石田 ええ、建築材料として本格的にコンクリートを使い始めたのは、古代ローマの人たちと言われています。社会基盤施設の整備を「人間が人間らしい生活を送るために必要な大事業」ととらえていた古代ローマ帝国では、街道、橋、港、神殿、公会堂、広場、水道など、さまざまな構造物がコンクリートを使って建造されました。
―古代ローマ時代のコンクリートと現代のコンクリートの違いはどのようなものでしょうか?
石田 土木学会コンクリート委員会がまとめた報告書の中に、両方のコンクリートの特徴が比較されています。古代ローマコンクリートに用いられたセメントおよび混和材は、現代のものと比べて緩やかに水の化学反応(水和反応)が進むものが使われていました。ポゾラン反応と呼ばれる反応を主として利用している点が、現在のものと異なる古代ローマコンクリートの特徴になります。
―耐久性についてはどうでしょう。
石田 世界中の研究者らによって調査や研究が進められていますが、例えば、ソンマ遺跡から発掘されたコンクリートは1000年以上経過しても健全であることが分かりました。
―それはすごい! 古代ローマ人は高い技術力を持っていたんですね。
日本でコンクリートが本格的に使われるのは明治以降
―日本ではいつ頃から本格的にコンクリートが使われたのでしょう。
石田 日本でコンクリートの使用が広まったのは明治以降、近代のポルトランドセメントの技術が輸入されてからです。
―ポルトランドセメントって?
石田 「ポルトランド」とは、硬化した後の色や硬さが、イギリスのポルトランド岬で採取される石材に似ているところから名付けられたそうです。なお、ジョセフ・アスプディンというイギリス人が、1824年にポルトランドセメントの特許を取っています。日本には、全国各地に純度の高い良質な石灰石を産出する鉱山が点在しており、世界的に見ても資源に恵まれた地域であるといえます。したがってセメント製造については、日本は、その原料を100%自給自足している状況です。
―本格的にコンクリートに使われるようになったのはいつ頃ですか。
石田 コンクリートが使われ始めた頃は、現場練りコンクリートが主流でしたが、アジテータ車(生コン車)の開発によって、品質の安定したコンクリートが運搬できるようになり、我が国では1955年以降、生コンクリートの使用が一気に広まりました。正確にはレディーミクストコンクリートと呼ばれる生コンですが、戦後、高度経済成長期の旺盛な需要と相まって、急速に生産量が増加しました。
―現在の生コン出荷量はどのくらいですか。
石田 2011年度の生コン出荷量は、およそ8800万立方メートルです。ちなみに、過去最大の出荷量を記録した1990年度では、およそ1億9800万立方メートルの生コンが出荷されました。いわゆるバブル期ですね。それをピークとすると、現在はその半分以下に減少している状況です。ただ東日本大震災に対する復興工事がこれから本格化することもありますし、出荷量は徐々に増加していくのではないでしょうか。災害に強い国土を形成するためにも、多くのコンクリートが必要になると思います。
打込まれてから1カ月の過程が重要
―コンクリートの特徴をいくつか教えてください。
石田 ご存知のように、コンクリートの性質は、その材料であるセメント、水、砂、砂利、空気の比率によって決まります。材料が練り混ぜられた直後は軟らかいため、所定の型枠に詰めることでさまざまな形のものをつくることができます。これはコンクリートの大きな特徴といえると思います。
―型枠があれば、どんな形にも対応しますからね。
石田 コンクリートを型枠に詰めることを「打込み」といいますが、打込み後、数時間が経過すると徐々に水和反応が進行し、コンクリートは硬化していきます。このとき、化学反応によって得られるセメントの結合力でコンクリートの強度が高くなっていくとともに、緻密さも増していきます。一般のコンクリートの場合、4週間を経過する頃には、およそ70~80%程度の水和反応が完了するといわれています。
―打込まれてから1カ月が勝負というわけですね。
石田 打込まれて1カ月の間にどのように硬化していくか、その過程がコンクリートの性質を大きく左右します。
―決められた材料を混ぜて打込めばハイ終わり、ではないのですね。
石田 それほどシンプルではありません。コンクリートの成長をしっかりと進める「養生」をきちんと実施するかどうかが、コンクリートが「長持ちするのか」「はたまた早く痛んでしまうのか」を決定する大きな要因といえるわけです。
コンクリートは「生きている材料」である
―コンクリートは自然にやさしい建設材料と聞いたことがあります。
石田 ええ、セメント、水、砂、砂利ですからね。これらの材料はもともと地球上に豊富に存在している物質です。
―そのほかの特徴はどうでしょう?
石田 世界中のさまざまな場所で調達できるところも大きな特徴です。時々学生から「コンクリートに代わる建設材料は今後発見されるだろうか?」と聞かれることがありますが、おそらく難しいのではないかと答えています。調達のしやすさ、コストの安さ、施工が比較的簡単といった扱いやすさの面からも、現時点でコンクリートの代用品は見当たりません。ただ、誰でも扱うことができますが、施工や管理の方法によって、良いもの、悪いものの差が出やすい材料でもあるのです。
―経年劣化についてはどうでしょう?
石田 型枠に打込まれたコンクリートは、時間の経過とともに材料が成長していきます。つまり、だんだんと硬くなり強度が増加していきます。さらに固まった後のコンクリートはさまざまな環境作用を長い間受けることで徐々に衰え、性能が低下し、劣化していきます。
―時間とともに性能が変化する「生きている材料」なんですね。
石田 丁寧に作ったコンクリートは極めて優秀な耐久性を発揮しますが、十分な配慮がなされないと品質が劣ったものができてしまうのです。
月面上の資源調達でコンクリートに注目!
―ところで、先生の授業では『マンガでわかるコンクリート』を教科書に使っているとお聞きしましたが、反響はいかがですか?
石田 表紙だけを見ると完全なマンガ本に見えますが、半分くらいはマンガをフォローする解説文になっていますから、若い人がコンクリートの世界を知るための導入編としての役割は十分果たしていると思います。読めばコンクリートのイメージが変わるはずです。
―それはいいですね。
石田 私の授業では準教科書として指定しているので、東大の生協ではこの本が平積みされています。表紙だけを見て、「なんだ、これ?」と驚く東大生も多いようです。
―ところで、今後コンクリートはどのような分野に広がっていくとお考えですか?
石田 陸上、地下、海中など様々な場所で使われてきたコンクリートですが、中には地球を離れて宇宙に飛び出していくものもアイデアとして考えられています。
―というと?
石田 宇宙開発の拠点として、また月面上に存在する資源の開発を目的として、月面に基地を建設することが国内外のさまざまな研究機関により検討されています。月計画だけでなく、宇宙開発を進めていく上で重要なことは、宇宙の活動に必要な物資をできるだけ現地で調達すること。これは地球からの物資の運搬費用が高額なことに加え、地球外資源を有効に利用することが宇宙開発の目的のひとつになっているからです。このような観点から、構造物を構築するための建設材料として注目されているのが、実はコンクリートなのです。
―宇宙空間にコンクリートですか!夢がありますね。本日は有意義なお話、どうもありがとうございました!