ここまでの連載では、「現場から最大の利益を掘り起こすこと」が原価管理の本質であり、その原理原則について解説してきました。自社の原価管理の水準を少しでも向上させるため、今すぐに何らかの手を打ちたいと思っている経営者や管理者の方は多いと思います。理屈は分かったけど、どうやって自社に新しい原価管理を導入していくのか? 恐らく原理原則の考え方を理解することは、それほど難しくないはずです。本当に難しいのは、その考え方を実際に自社に導入して、社員を現実に動かしていくことだと思います。今回は、そのポイントについて説明します。
80対20の法則、やる行動を絞る
経営者や管理者が原価管理の本質を理解して行動することが最も大切なことですが、現場代理人がその考えを汲んで、現場レベルの管理までその考えを行き届かせることで、初めて現場から最大の利益を掘り起こせるのです。
しかし他の業種に比べて、特に建設業はマネジメントの改革が難しい。何故かと言うと、現場代理人という建設業の制度に起因しているからです。建設業の現場代理人は、他の業種では考えられないほどの大きな権限を背負わされている中で、日々の仕事をしています。20歳代でも億単位の金額が動くプロジェクトの総責任者になることもあるのが、建設業の現場代理人制度です。
その制度の元で、自分の現場マネジメントに対するプライドが高くなることは、無理もありません。その結果、新しい管理方法を浸透させるのは、非常に難しいのです。トップダウンであっても、従来の管理方法を一気に変えようとすると、間違いなく失敗するでしょう。
では、具体的にどのように進めたらいいのか、その第一歩はどうしたらいいのか? それには、次の2点が有効です。
❶ やる行動を絞る
❷ やる人間を絞る
経営陣を含めた人事を一新してしまえば成功するかもしれませんが、あまり現実的な方法ではありません。今までの組織の延長で管理方法を改革していく場合、上記の2点に注意することが非常に重要です。
具体的に、どういうことか説明します。まずは「やる行動を絞る」について、「80対20の法則」を紹介します。「80対20の法則」は、「パレートの法則」ともいわれ、割と有名なのでご存知の方も多いと思います。全体の結果を左右する原因は、ごく少数の要素にあるという経験則です。この法則の例として有名なのは、
● 会社の売上実績の80%を20%の営業マンが上げている
● パソコンで出来る全作業の80%は、機能の20%あれば達成できる
● 国民の20%、疾病の20%が医療費全体の80%を使っている
● 利益の80%は、20%の顧客から獲得している
正確に80対20の数値になるわけではなく、いくらか前後しますが近い数字になります。「80対20の法則」とは、結果の大部分は一部の重要な要素が原因になっている、という経験則なのです。
ちなみに筆者が経営する会社の業績を調べたところ、2013年度は受注工事の20%で利益の78%、2014年度は受注工事の20%で利益の68%を獲得していました。原価管理にも80対20の法則が当てはまるのです。
結果に大きく影響する少数の重要事項を探し出して、その管理に集中することが大事なのです。「やる行動を絞る」というのは、新しい管理方法を導入する勘どころなのです。
理論より実践、理屈より体で覚える
それでは原価管理の場合、何が少数の重要事項なのでしょうか?
● 工程表を作業単位で描く
● 定期的に更新して提出させる
この2点を徹底して、実践することです。
はじめはネットワーク工程表と言えないようなレベルでも構いません。大事なことは、作業単位で工程表を書いてみることです。むしろ綺麗なネットワーク工程表を書こうと意識すると気後れして書けなくなるので、はじめは正式ルールを気にせず書き始めて下さい。
作業単位で書くというのはどういうことでしょうか? 本連載の3回目で詳しく述べましたが、もう一度簡単に説明します。例えば、海岸擁壁の基礎工があるとします。バーチャートで線を引いてしまうと、「基礎工」という一本線になってしまいます。基礎工の実際の作業は、
掘削→床均し→ベースコン打設→位置出し→鉄筋組立→型枠組立→型枠組立(溶接)→生コン打設→養生→型枠脱型
に分解されます。これを工程の絵にしていくのです。
しかし全作業を表示した工程を作り込むと、時間単位の工程表になってしまいます。あまりに細か過ぎると実際の運用時に機能不全になるので、作業を1日単位に区分して工程表を書くといいでしょう。
現場代理人はバーチャートで工程表を書いていても、実際の段取りや打ち合わせのために、現場事務所のホワイトボードには毎日作業予定を書き込んでいるはずです。ネットワーク工程表を書く目安として、ホワイトボードに書き込んでいる作業単位で絵にすることと理解して下さい。
そして、この工程表を1週間で1回程度の頻度で定期的に更新して提出させて、会議で報告することが重要です。それだけに絞ってやらせること、むしろそれ以上やらせないことは決して難しくないと思います。
この部分さえ習慣的に実践できるようになれば、真の原価管理の基礎が出来たといえます。ここまで説明した作業ならば、現場マネジメント全体の中で2~3%ぐらいの作業量ですが、利益の底上げが必ず起こります。
▼図 基礎工の実作業
やる人間を絞る
そしてもう一つの大事なことが、「やる人間を絞る」ことです。作業単位の工程表を作るだけでも、嫌がる社員がいるはずです。全員で一斉にやろうとすると、やる人間とやらない人間に分かれます。そうなると社内が中途半端な状態に陥って、原価管理の実践が上手く進みません。まずは、社内で確実に実践できる活動として、少数のプロジェクトメンバーを選任して行います。
社内の中には、この取り組みに賛同する社員が必ずいるはずです。賛同する社員を集めた少数のプロジェクトメンバーで、確実に根付くまで「工程表を作業単位で描く」ことと「定期的に更新して提出させる」ことを実践します。これをモデルケースとして、次に全社員に広げていきます。
新しいことをやらせようとすると、一部の社員はできない言い訳をいろいろと言うでしょう。しかしプロジェクトメンバーとなった同僚が、それを出来るようになっていけば、出来ないということは言えなくなります。そして横の関係で教え合えるようになれば、原価管理の改革が会社全体に行きわたっていくでしょう。
デメリットは何もない
ここまで連載してきた原価管理の改革が優れているのは、リスクが無いということです。 新規事業や設備投資と違って一切経費がかからず、わずかな追加作業で工事利益を大幅に増やせる可能性があるのです。そして原価管理の改革は、生産性を向上させることに繋がり、現在そして将来の人手不足の備えにもなるのです。
新入社員を採用して育てたり、中途採用を増員するには、時間や経費がかかります。将来を見据えるとそれも必要なことですが、原価管理の改革は、即効性と経費からみると非常に有効です。
デメリットが無く利益を拡大する原価管理の改革にどのように取り組むかによって5年後、10年後の結果は全く違うものになっているはずです。読者の皆様の取り組みとその成果に期待します。
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