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経営に活かす原価監理

経営に活かす原価管理 最終回|インタビュー 強靭な企業体質を獲得する、 原価管理の近代化と近未来について語る

地域経済研究所 理事長 阿座上 洋吉
同所コストコントロール部会 丹野 晶平、石岡 秀貴、高田 守康

 経営に活かす原価管理の最終回は、原価管理の近代化に取り組んできた地域経済研究所理事長の阿座上洋吉氏、同所コストコントロール部会のメンバーである丹野晶平氏(建築分野)、石岡秀貴氏(土木分野)、高田守康氏(IT分野)の4名から、それぞれのお立場で経営に活かす原価管理の課題、将来の展望についてお話を伺いました。

 

 
 
阿座上理事長

阿座上 私は長年にわたり工事原価計算の近代化を目指して研究や建設業界の皆さんへの啓蒙、研さんに取り組んできましたが、なかなか正しい理解を得られていません。
 製造業などで使われる総合原価計算の方が工事の個別原価計算より難しいとされ、専門家も多く研究も進んでいて実務的にも理解が進んでいます。しかし現実には、工場生産でない建設現場の方が、天候や発注者、近隣住民など考慮すべき要素が多いので、実は個別原価計算の方が難しいのです。
 建設業界では、共通の概念や用語の定義があいまいなこともあり、原価管理について業界の多くの方が錯覚や勘違いをしています。その典型例が、数量は設計図書から拾った数値だから変更できないものと思いこみ、価格だけで管理しようとして、下請け叩きをしてしまうことです。原価は数量と単価、時間と賃率を乗じて求めるのですが、単価と数量という全く性格が異なるものをかけ合わせた胡散臭いもので、原価を管理するのは無理があるのです。金額だけで原価を管理しようとするから、下請け業者を叩くしかなくなるのです。
 単価の管理は契約管理であり、数量の管理は施工管理です。契約管理は本社が一括して管理を行い、その企業としての標準単価を維持管理すべきものであって、現場にまかせてしまって良いものではありません。一方で数量は現場でしか正しく把握できません。また現場で問題が発生したときも、現場代理人しか対処できないのです。

石岡氏

石岡 建設業界で「工程管理」と言うと、工期の管理だと考える人がまだ多いと思います。ネットワーク工程管理によって目標の品質を作り込み、安全を確保するのです。きちんと管理した結果として、原価低減が実現できるのです。ネットワーク工程のレベルを向上するには、経営者と現場代理人が協力して、工事全体の計画力、施工の段取り、予見能力、計画マネジメント全般の能力を高める必要があります。
 現場代理人が行っている所要作業日数の見積方法にはいろいろあると思いますが、施工管理技士の教科書で説明されているような、全施工量を1日に割り返す方法では、精度の高い所要日数は出せないと思います。バーチャートのように大雑把に工程を作成するのなら「所要作業日数=全施工量/1日平均施工量」でもできるでしょう。
 例えば、海岸擁壁の基礎工60㎥という工種があったとします。大体、経験から12日ぐらいかかるから、一日5㎥という割り返し方になるでしょうか?
 実際の作業は、「掘削→床均し→ベースコン打設→位置だし→鉄筋組立→型枠組立→型枠組立(溶接)→生コン打設→養生→型枠脱型」という作業順序で進み、作業ごとに最適リソースは変わります。そして、並行作業(平行工種、工事)、現地の地形(スペース)、気象などの制約条件にも影響を受けます。
 割り返しで出来るのは、施工量が全て単一作業の場合でしょう。この場合も、所要日数とリソースを理想に近づけるには、作業単位の矢線で結合されたネットワーク工程表が必要になります。そして、作業単位の理想リソースを書き出した後で、投入リソースを決定します。現実的なリソースの決め方は、ネットワーク工程表で作業単位のリソースとその重なりを見ながら、現地の作業スペース、リソースの質、気象などをイメージし経験を活かして決定します。この作業は、現場担当の代理人1人で行わないのがコツです。他の技術者の意見と同種工事の実績を、検討材料に入れながら決めていきます。土木工事は、スペースと作業間の段取りを上手く処理できるかどうかが、全体の生産性向上の鍵になりますが、これは経験に裏付けされた想像力が不可欠です。

丹野氏

丹野 工程管理と実行予算の関係ですが、施工計画から実施施工数量と標準単価による、おおよその工事原価が算出されます。しかしそこから金額を抜き出しただけでは、実行予算は作成できません。標準単価を実施単価にコンバートして、はじめて実用的な実行予算になります。このコンバートとは、単に協力業者を叩きまくって取り極めた工事金額を、施工数量で割り返した単価ではありません。工事を完成させるために起こりうる施工上の全ての可能性を、貨幣価値に置き換える作業です。
 同様に施工計画から工種別の工程計画は抽出できますが、それを並べても工事全体の工程計画にはなり得ません。全体工程計画(マスタープラン)とは、施工計画書にある全ての作業の開始時刻と終了時刻を時間軸上にプロットし、これを最適な順番につなぎ合わせます。「最適な」とは最も時間がかからないように作業の順序を決めることで、「つなぎ合わせる」とは、前の作業の終了時刻を、後の作業開始時刻へ、相互に組み合わせることです。これらの作業を実用的に行うツールは、今のところネットワーク工程表しかありません。

石岡 設計変更に対応する現場代理人のスキルが、原価に与える影響が大きいことも重要だと考えます。
 原価の構成が頭に入っていることは当然として、対発注者のコミュニケーション能力(営業能力)は、とても重要です。対等な立場で、攻めの設計変更を獲得できる能力が求められます。その為にも、経営者は現場代理人に対する責任事項をハッキリさせる必要があります。現場代理人が発注者にへりくだる原因の一つが、施工後に付く工事成績評定です。過度に高得点を期待すると、現場代理人は、発注者のイエスマンになってしまいます。イエスマンになると、発注者からの不利な提案でも受け入れることとなり、原価を著しく悪化させる要因になりかねません。
 適切な施工プロセスで品質と安全を確保し、発注仕様をクリアできたなら、現場代理人の責任は、それでOKとするべきです。
 結果主義で高得点を期待すると、過剰な書類作成など無駄とも思える作業にエネルギーを割かれることになります。当社で実際に高得点を期待した書類作成等を一切禁止してみましたが、評価点数はほとんど変化ありませんでした。
 現場代理人は、作業の優先順位を見極めて、無駄な作業を捨てられる意思力も重要になると思います。

高田氏

高田 建設業のIT利用はCAD利用やTS測量などの計測分野では普及していますが、残念ながら業務管理の面では他業種に大きく遅れていたと思います。これは建設現場が一品生産であることや、現場で発生する情報量が多すぎること、現場からの情報収集が手書きの作業日報くらいしか使われていなかったからでしょう。しかし今後、施工情報の収集にIoTが活用されるようになると、必要なデータがどんどん集まって、管理のレベルが高くなることが期待されています。
 国交省が導入を進めている「i-Construction」では、ドローンを用いて現場測量を瞬時に行い、情報化施工で高精度かつスピーディに作業を行います。「i-Construction」は生産性を飛躍的に高めるだけでなく、当日の出来形をリアルタイムで把握する管理レベルの向上も期待されています。さらにカメラ映像を用いた施工量の計測の研究も始まるなど、原価管理は大きく変わろうとしています。

 



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