採用と定着の前に、現場や宿舎に安心感を
㈱大瀬建設では、平成15年の春よりボランティア活動として地元の国道のゴミ拾いを年2回(春、秋)実施している
聞き手 担い手の確保・育成は建設業界で大きな課題となっています。経営者として、どのように取り組んでいらっしゃるのか、お聞かせいただけますか。
佐々川 私の運のよいところは、人に恵まれたことです。一人は常務、もう一人は37歳の土木部長です。私と常務とで「若い人を育てていかなくちゃならないね」と話し合って、最近は30代で、別業種でもよいから他社で働いたことがある人に声を掛けています。この2、3年で3人が入社しました。山間で雪の多い場所ですが、地元では「若い生きのいい子が入ってくるのは大瀬建設ばっかりだね」なんて言われています。
武山 建設業を理解してもらうために、高校生のインターンシップは大事にしています。工業高校土木科を卒業予定の生徒さんたちが3~4日間の実習に来るのですが、毎年そこで当社に就職を決めてくれる人がいます。今度、社員たちが現場で、高校生たちにどんな話をしているのか見に行こうと思っているんです。仕事が楽しいように、希望が持てるようにして、さらに給料も他の会社よりは上にしないと心は揺れないと思いますので、そこが頑張りどころです。
聞き手 高校の先生方も信頼してくださっているのでしょうね。インターンシップを機に就職した生徒さんたちの定着率はいかがですか。
武山 技術職の人は辞めないですね。
宮本 当社では社内で育てるためにマニュアルを決めています。まず1カ月間は自分たちの業務に関するビデオを見せたり、総務部長が安全教育をしています。
聞き手 今、若い方はどのくらい入ってくるのでしょうか。
子安 当社は全然入ってきません。まずトンネル=親御さんがダメということが多いです。「トンネルなんて、事故が多い現場に......」と心配されてしまう。入ってくるのはハローワークだったり、人のつながりだったり、リピートだったり。
宮本 当社も最近は1、2年勤めた子が、遊んでいる子を「遊んでいるならうちに来いよ」と連れてくるようになりました。だいぶ年の離れた先輩と若い社員をペアにして現場に行かせていたのですが、どうもうまくいかない。どうしてかというと、話し相手にならないから。年配者は、自分たちはこういうふうにして育ってきたんだよというのを押し付けてしまうのです。最近は必ず、新入社員2人と先輩社員とで行かせるようにしています。話し相手がいると我慢できるし、相談もできる。そしてまた新しい子が入ると年の近い先輩とペアを組ませて行かせるようにしたところ、ここ何年かは定着率がよくなりました。
聞き手 女性経営者の細やかな視点が光ります。人材育成・定着率の向上につながっている事例ですね。
子安 私たちは二次下請業者として全国の現場に行きますが、さまざまな宿舎があります。ものすごく汚いところもあれば、トイレやお風呂に行くにはその棟から離れて行かなくてはならないところもある。そういう現場に当たると2日くらいで辞めてしまいます。だから人が定着できる基盤をまずつくる必要があるでしょうね。宿舎も一人部屋が当たり前になるとか。
宮本 今の子どもたちは恵まれた環境で育っていますから、宿舎に慣れないのでしょうね。
子安 当社の従業員は、現場の宿舎で、6畳に2人が1週間ずっと一緒に過ごします。
聞き手 担い手を定着させるためには、メンタルケアを含めた環境の整備も必要なのですね。
事務職の女性をマルチプレイヤーとして活用する
聞き手 女性の働き方はどのようになっていますか。
武山 私は、現場が過酷だということを教えるために、事務職の女性たちもパトロールに引っ張っていきます。計算機とパソコンだけできても、現場を知らないと思いやりがなくなってしまいますから。作業員が事務所に上がってきているのに声さえ掛けないのは失礼でしょう。現場を見て納得した人は、内勤の女性でも長くいてくれて快くパトロールにも参加してくれます。ほかにも、総務部の女子社員を職長研修に行かせています。そうしないと法律のことが分からないし、現場で「危ないよ」と言えません。
聞き手 女性職員の方の研修は一回きりのチャンスなのですか。
武山 必要に応じてさまざまなものを受けさせます。参加するようになると自信がついてきて「ここは間違っていませんか?」と内勤の女性に言われることもある。「育ってくれてありがとう」という気持ちになります。実際に現場で知識を使うのでなくても、やはり安全管理には必要です。内勤の人が、作業員に「今日は体調どうですか」と声を掛けることは、安全にも役立ちます。お互いに意思疎通がないと会社の中もうまくいきません。
子安 事務職の女性がそういう研修を受けると、言っていることの意味が分かるようになりますから作業員と会話がしやすくなりますね。
聞き手 女性活躍というとメディアでは現場で働く女性が取り上げられます。しかし、事務職の女性が裏を支えているのですね。
武山 下支えは女性ですから。
聞き手 武山さんのお話にあった女性社員の方は、法律も経理も事務も、現場も分かるマルチプレイヤーなのかもしれません。
武山 当社では鍛えたおかげで何人かはそうなってくれています。
子安 書類を書いたり、電話を取るときに、内容が分かっているのと分かっていないのとでは全然違います。当社では、安全帯や保護具など道具類を整理する棚には分類のテープを貼って「これはこういうことをするものだよ」と分かってもらうようにしているのです。男性の従業員には、在庫整理をしながら女性の社員に教えるように言っています。そこでコミュニケーションが生まれ、お互いの仕事に対する興味も生まれるようです。何も知らないで書類を書いているより、その方が女性も楽しい。貫通式に連れて行ったりすると「トンネルってすごい」と言って、そこから変わりますね。
武山 やはり現場を見せないとダメですね。
子安 以前の会社で事務をしていたとき、上司に「営業担当者が笑顔で外に出られるようにするのが君の仕事だ」と言われました。だから今、男性が事務で入ったときも「家に帰ったらお母さんがいて、洗濯してくれて掃除してくれているんでしょ? 私たちの仕事もそれと同じだよ」と話すのです。現場で作業をする人のために準備をして、気持ちよく送り出すのが事務員としての仕事。そこができないと成り立たない。
聞き手 それが大きな現場の完成につながっていくのですね。
担い手三法の改正について
聞き手 ここ数年、補正予算が組まれるなどの背景もあり、制度や景気などさまざまなことが変動しています。景気変動に伴う制度改正、「担い手三法の改正」がありましたが、それによる変化や苦労、疑問があればお聞かせください。
武山 私どもの会社は宮城県の公共工事品質確保安全施工協議会の事務局をしております。自分では理解しているつもりですが、果たしてどれくらいの人がきちんと理解しているのかがまず一つの疑問です。そして担い手の問題に関しては、今後、若年者や介護休業をとりたい人などの人生の流れを汲んでいくと、三法だけでいいのか。企業に体力がなければ対応できないし、悠長なことばかり言っていられません。
聞き手 品確法の中に適正利潤という言葉がありますが、適正利潤を上げないと人も雇えないし、会社も維持できない。当たり前のことだけど簡単ではありませんね。
武山 少しずつは改善されてきているので、この空白の20年間を見ると、よいことなのではないかとは思うのですが。
宮本 私は、20年かかってきたことは、あと20年かかるのではないかと思います。政権が変わって方向が変わってしまうのではなく、やり続けないと効果は出ないのではないでしょうか。山口県でも、建設業に若い人を入れるためにはどうすればいいかよく話し合います。何が必要かと言うと、やはり「希望はお金でしょ」となる。トンネルも鉄筋工事業も危険と隣り合わせですが、出来上がったものを誇れる仕事のはずなのに、今働いている人たちの中で子どもをこの業種に就けたいと言う人は誰一人いません。完成したときの達成感だけでなく、ある程度の対価が必要です。当社では、亡くなった主人が常々「厚生年金、退職金があってこその企業だ」と言っていたので歯を食いしばって手当てをしてきました。社員が会社に残ってくれているのは、そういうところをきちんとしてきたからだと思います。
政府も社会保険などの問題も改善していこうと言っているけれども、蓋を開けてみると入った金額は上がっていない。項目を増やしただけで、根本的な解決になっていないように思います。
子安 社会保険は割合も数値が決まっていて、あれもよく理解できません。それに経費率も10%というけれども、例えば、200万くらいの請負金額で「毎月協議会に来い」「パトロールにも来い」なんて言われても、どこからお金が出るのか。実際には小さい会社ほど経費は高くなり30〜40%かかる。会社の規模もさまざまであるにもかかわらず経費率は皆一緒というのはどうなのでしょうか。全国の現場に行くとそれなりの金額になりますからね。(1月21日、当基金にて取材)