4. 人材投資成長産業としての6つの重点施策
内田 「中間とりまとめ」では大きなテーマとして技術者や担い手に関わる提言もなされています。
国土交通省ではこのところ建設業について「人材投資成長産業」という言い方をしています。働く人にちゃんとお金をかけるということですから「人にやさしい産業」という言い方よりもっとストレートでわかりやすい。また、取り組むべき課題が「6つの重点施策」として改めて整理されました。人材育成に関しては各所でさまざまな取組を始めていますが、それぞれどこに位置づけられているのかが非常にわかりやすくなりましたね。
海堀 日建連の長期ビジョンでは、2025年度までに技能労働者として若手を中心に90万人の新規入職者確保を目指すことが示されました。製造業やサービス産業に比べて、我々の産業の将来はかなり厳しいものになることを多くの方が再認識したのではないかと思います。
現在のような景気で、新たにこの職に就く人がいてもやはり足りない部分がある。それをこれからの施策で補っていくことになります。将来、人手不足で建設産業が成り立たないという事態を回避するのが目標です。
内田 当基金で行っている「 担い手確保・育成コンソーシアム 」は、今年度は全国36カ所で取り組んでいくことになりますし、厚生労働省の「 建設労働者緊急育成支援事業 」も17拠点でスタートしました。
全国の建設系の学科を置いている工業高校約400校にアンケートをとったところ、建設業に就職する生徒の割合が増えていることが明らかになったのです。建設業からの求人票自体も増加しています。業界をあげた取組の成果が表れ始めた結果だと言ってよいと思います。
海堀 それはすごいですね。
内田 これまで3年間、行政も発注者も元請も専門工事業も含めて皆で取り組んできたわけですが、着実に成果が上がりつつあります。
先生方にはさまざまな提案もいただいています。「早期離職を防止するにはどうすればよいか」については、「研修期間が短く、慣れないまま仕事に就くことに生徒は悩んでいる」「会社ごとに新採職員の研修に温度差がある」「OJTだけでなく研修期間を設けてほしい」「教え方の上手な先輩をつけてほしい」といった声が上がっています。先生方がおっしゃることは「会社に入ったらまず最初にきちんと教えてほしい」ということなのです。我々の行っている「担い手確保・育成コンソーシアム」は日本中に育成できる仕組みを作る取組ですし、厚生労働省の「建設労働者緊急育成支援事業」も、訓練をセットにしたのが画期的です。今業界で行っている取組は、先生方が考える方向に合っていると改めて思いました。
海堀 個々の企業では、研修や技能実習が難しくても、地域の産業全体で支える取組をしていくことが非常に力になるという実証ですね。
建設産業は、製造業などの工場生産と比較して「皆でやる」という部分が弱い。建設産業も、現場単位、会社単位で取り組むだけでなく、地域単位、業界全体で取り組み、"地域の同期"で同じ釜の飯を食うなどすれば、困ったことがあったら相談したり、「うちの会社はこうだよ」と情報交換をしたり、もっといえば「うちの会社にきたらどうだ」という話ができるような関係が築けるかも知れません。会社を辞めたいと思ったときにも、建設産業から出て行くのではなく、地域の別の会社で働くという選択肢が出てくる。働き手が会社の善し悪しを選んで移動できるようになれば、結果として会社のレベルアップ、ひいては地域の建設産業全体のレベルアップにもつながるのではないでしょうか。
内田 ある建設会社の社長と3年ほど前に話をしたときに「とにかく若い人が来てくれない。来た子も全部辞めてしまう」と言っておられたのですが、ついこの間話をしたら「いい子が来るようになったし、しっかり続いている」とおっしゃってました。何度も学校に通って先生方と話をして、自分と自分の会社を信じてもらうようにしたということです。建設産業として担い手の確保に取り組んでいますが、基本的には各企業の社長がどれだけ汗をかくかということだと思います。社長自身を信じてもらわないと、進路指導の先生たちも自信を持って生徒たちに「あの会社はいいところだよ」と勧められませんから。
海堀 中小建設業や専門工事業のトップの皆さんも、ベンチャー企業などと同じで、生産現場に顔を出して汗をかいたり、現場はどう動いているのかをこまめに見なきゃいけない。仕事を受注したら社長の仕事はおしまい、「あとは所長に任せた」というのでは成り立たないでしょう。現場の管理も、担い手の育成も、その後のフォローも、きちんとできる会社が、地域で、あるいは社会から信用される。そういう仕組みにしていかなければならないと思います。
5. 担い手の5分類から見えてくるもの
内田 「中間とりまとめ」の中でもう一つ目新しかったのは、担い手を5つに分類し、それぞれのアプローチを整理されたところです。中でも私が大事だと思ったのは、「高齢者」という項目が入ったこと。若者だけでなくベテランにもしっかり目配りしようということだと思います。現状では、30代後半から40代になった時、40代前半から後半に、40代後半から50代にという年齢の節目で、他産業に人が流出してしまっています。担い手の問題を解決するためには、この方たちの処遇をきちんとしなければならない、この中で「シームレスなキャリアパス」という提案がなされました。これはどういう考え方ですか。
海堀 製造業では、年齢が上がるほど年収が上がっていきます。キャリアを積んだ人はラインの取りまとめや管理的な仕事を担当するため給料が上がる仕組みです。しかし建設産業では、40代のピークを過ぎると給料が下がってしまう。それはなぜなのか。個人が積んできたキャリアが反映されていないということが一番の原因だと思います。勤めていた会社から暖簾分けをして独立したり、幾つか会社を変わったりすると、キャリアが非常にわかりにくくなる。そういったことがないように、一度この産業に入ったらキャリアが評価され、処遇につながるよう、基幹技能者だとか資格などを公的に証明する仕組みが必要なのではないかと思います。現場で工期内に無駄なく作業が終わるように切り盛りするマネジメント能力などは、特に経験によって培われるもの。きちんとマネジメントできるということを評価できる仕組みがあると生産性は格段に上がるのではないでしょうか。
内田 年齢を重ねると時間あたりの出来高は下がっていくけれど、その人が現場全体を見ることで工期が短くなる、あるいは仕上がりがよくなる。そこを評価できるような仕組みを考えていきたいということなのですね。
それからもう一つ、対象別として女性が入っています。女性の活躍を推進する取組もさまざまな形で始まっています。女性の技術者や技能者がクローズアップされていますが、忘れてはいけないのは、建設業のバックオフィスにはすでにかなりの数の女性がいらっしゃるということです。
当基金では 建設業経理検定 を実施していますが、例えば2級を受験している20代を見ると、受験者の割合も合格者の割合も女性のほうが高いのです。1級も、これはさすがに男性の方が少し多いのですが、女性も受けて多数合格している。このような人たちはきちんと評価されているのか。1級までとった女性の経理部長とか重役が出てもよい。
地場の小さな建設会社では社長の奥さんが経理部門を抑えていらっしゃるケースが多いのですが、そういった方も含め、今いる女性たちを評価してこそ、初めて外からも来てくれるのではないかと思うのです。我々としてはそこにスポットを当てていきたい。ぜひ、国土交通省でも積極的に目を向けていただけるとありがたいです。
海堀 ご指摘のように、建設業ではまだ、経理など事務方の経験を持っている女性を十分に評価し、活用するまでには至っていないと思います。私は、経理や経営については実は女性の方が感覚的に優れているようにも思います。だからこそ建設業経理検定の受験者・合格者が増えているのではないでしょうか。バックオフィスにそういう方々がいらっしゃることには大きな意味がある。建設業は経営が厳しくなると、ダンピングして仕事をとって赤字になるというような悪循環に陥りやすい傾向があります。個別の工事で赤字を出さず、しっかりと利益を確保することが必要で、いかに女性の能力を活用できる環境を作れるかが重要になると思います。
内田 本当に皆さん頑張ってくれています。こういったバックオフィスで働く女性の方たち向けの研修というのも必要ではないかと考え、今検討しているところです。
建設業経理検定 H27上期 2級 受験者データ(年齢×性別)