1. 基礎ぐい工事問題で見えてきた建設業界の課題
内田 6月22日に基本問題小委員会の「中間とりまとめ報告書」が提示されました。基礎ぐい問題については新聞報道等によりさまざまな事実が明らかになり、また、登場人物も多く、真の問題が何であったのか、全貌が把握しづらかったように思います。今回の問題が建設業に投げかけたものは何であったのか改めてご説明いただけますか。
海堀 これまでは公共工事における品質確保、発注者責任を課題として取り上げてきましたが、今回は民間工事における品質確保、発注者との責任分担が問われることになりました。
そこで浮かび上がってきたのは、重層下請の問題です。この10年ほどの間に、各企業では抱えていた働き手をスリム化し、効率化を図ってきました。その結果として下請の重層化、仕事の流れの複雑化が進む中、元請の監理技術者や主任技術者、下請の主任技術者の役割分担などを全体の構造の中でどのような形で位置づけ、それぞれどのように責任を負っていくかということが、今回、特に課題として提示されたのではないかと思います。
2. 元請・下請の役割分担と従事者のキャリアアップ
内田 現場でスリム化を進めてきたため、元請の監理技術者、現場監督などが全部の責任を負うことはできなくなってきており、下請が責任を負わされる部分が格段に増えていると言われています。にもかかわらずそうした実態が制度上も、請負価格にも反映されていない、品質確保について現場で責任を負うのは技術者ということになっていますが、そこで元請と下請の技術者がどのように役割分担をどうするかという問題提起があったのは非常によかったと思います。
一方で、建設業法にどう位置づけるのか、積算にどう反映するのか、問題はかなり深い。時間がかかっても、ぜひ答えを出してほしいと思います。
海堀 昔はゼネコンの監理技術者も現場をよく見ていたし、そうでなければ全体の工程がうまくいかないこともあったと伺っています。しかし今は専門工事業者の能力が高まっており、大部分の施工は専門工事業の方に任せられるようになっています。その中で、一部に施工不良や杜撰な管理をされている部分が混在している。この部分をどうチェックをして、問題をなくすかが今の課題だと考えています。
時代の流れとともに、施工管理や品質確保の方法は変化してきています。今後、担い手が少なくなり、生産性の向上が求められる中、「技術者を置く」という現在の建設業法の制度は本当に妥当なのか。これについては有識者からも抜本的な見直しを求める意見が出ているところです。現実の施工の適正さを担保するために、どのような制度が必要なのかを議論していかなければならなくなっている。従来の技術者を基本とした仕組みを進めていくのか、あるいは別の視点で、例えば契約上の責任を明記し損害賠償や保険などで担保していくのか。それとも、インスペクションといった別の立場で監督する人を置くのか。どのような制度であれば、効率的で効果的な仕組みを建設生産の現場で構築できるのか、さまざまな方々の知恵を結集して解決しなければならない課題です。
内田 元請の技術者だけですべてを管理するのには限界があります。「下請」として専門工事業の技術者も事実上大きく関わっている。それを表の制度としてきちんと位置づけていくということなのですね。
元請の監理技術者・主任技術者、下請の主任技術者に加えて実際に仕事をしている職人の能力も品質確保に大きく関わってくる。これが品確法で示された考え方です。現在制度設計が進められている「建設キャリアアップシステム」はそこにつながっていく制度ということになるのでしょうか。
海堀 そうですね。やはり今後は、建設生産に関わる人々の実績を積み上げて評価できる仕組みが必要です。現状では、建設産業に就職し、別の会社に転職すると、それまでの実績が引き継がれないことが一般的です。建設キャリアアップシステムがあれば、この産業に18歳あるいは22歳で入職した以降のすべてのキャリアを業界内で積み上げることができ、どの企業に移っても実績に応じた処遇が確保できる仕組みが構築できます。技能者情報カードの色をキャリアアップに応じて変えるなど、わかりやすい形でオープンにしていくことが、非常に重要だと思います。
内田 業界内で活用すると同時に、発注者もそれによって品質確保への業界の努力を評価し、きちんと請負価格に反映させる、そうした制度にしていくことが大事ですね。
海堀 そのとおりです。キャリアアップシステムが確立すれば、元請にも発注者にも、この工事現場にはどれだけの技能を持った人がどれだけ確保されているか、品質を確保するためにはどのような体制をとるべきかが、目に見える形でわかるようになるでしょう。今だと施工体制図に監理技術者などの名前しかありませんが、生産現場全体で「こういう実績を積んだ人がこれだけいる」と把握できれば、生産体制全体の品質の確保・向上につながっていくと考えています。
3. 工場製品の品質確保の現状
内田 品質確保に関してはもう一つ、今回は工場製品の品質確保の問題が取り上げられました。今回の基礎ぐい問題のように、近年、重層下請の中に実質的には建設業者ではない会社も関わっているケースが増加しています。そういった会社は一旦、建設業の仕組みから外して別途の枠組みで品質管理を考えていくという提案をされているわけです。生産性の向上を追求していくと、今後ますますプレキャストコンクリートなどの工場製品を利用する場面は増えるでしょう。どのようにしてその品質を担保していくのか、保証していくのか。これから大きな問題になっていくと思います。
海堀 担い手不足の中で、今後、工場や現場の外で作られたものを使うケースが増えていくのは必定です。JIS規格や建築基準法の認定など、品質確保についての仕組みが別途ある分野はよいのですが、そうでない分野についても、一定以上の品質が確保できるよう整理をしなければなりません。
ある企業から伺った例ですが、発展途上国の道路工事の排水の施工で、日本のコンクリート製品を活用して工程を簡素化し、品質確保を図ろうと取り組まれているそうです。これは逆の取組にもつながります。つまり、発展途上国で作られたコンクリート製品を、日本の道路を作るときに使用することもできるのです。その際「海外で作った製品は使えない、全部現場で打ちなさい」というルールがあれば変更しなければなりません。これまでの生産性向上の取組を超えたことがさまざまな分野で起こってくると思います。品質が確保された工場製品がスムーズに使える制度などを整えることが求められています。
内田 建設現場からはみ出た部分の品質をどうするかというところから始まった議論ですが、建設現場と外の工場というだけでなく、国外の工場で作られた製品の品質管理をどうするかという問題に発展してくるのですね。
海堀 すでに住宅分野では、一定のユニットを国外で生産している例もあるようです。それは大臣認定などの制度があるから品質が確保できるのですが、土木の分野でも十分考えられるのではないでしょうか。
内田 大臣認定の枠組みは国内ですから、大臣認定と同等の品質である海外のものをどう認定するのか、ということも課題になりますね。
海堀 ええ。建設構造物や品質管理などの仕組みや基準について日本と東南アジアなどで相互認証できる環境が整えば、さまざまな分野で生産効率を上げる取組が始まると思います。行政が知らないだけで、実は、現場の実態はもっと進んでいるのかもしれません。我々ももっと広く現場を見なければならないと痛切に感じています。
内田 マンション問題等々で、国民の品質への関心、厳しさは非常に高まっています。幅広く取り組んでいかなければならない問題ですね。
建設系学科を設置する工業高校406校に対して当財団が行った調査結果より(H28年3月実施)