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カンタン解説 建設業者のための建設工事請負関係判例

第12回 付随的債務の不履行により、請負契約が解除されることに気を付けたい!

(財)建設業適正取引推進機構

 本件は、一括賃借条件付きの賃貸店舗及び共同住宅の建設工事請負契約について、法令上の制限等に関する調査不足や施主に無断で行った設計変更等を原因とした契約の解除を認めた事例である。民法は、債務者がその債務の本旨に従った履行をしないときは、債権者は、これによって生じた損害の賠償を請求することができるとしている(民法415条)が、法令上の制限等に関する調査不足等を付随的債務の不履行としながらも、原被告間の信頼関係は破壊され、施主の意向に沿った建物を建築するという契約の目的の達成自体にも重大な影響を与えているとして、契約の解除を認めたものであり、建設工事請負契約に関して債務不履行とされる範囲について、参考となる事例である。

事件の概要 Xは、1階を賃貸店舗、2階及び3階を共同住宅とする3階建て建物の設計及び施工を、代金1億3,923万円でYに請け負わせた。この契約の前提として、Yが完成した建物を一括して賃借しYの名で賃貸事業を行い、Xが安定した家賃収入を確保することが合意されていた。
 その後、Xは、次の理由から本件請負契約を解除し、本件請負契約解除による原状回復請求権に基づき既払い代金等の支払いを請求したため、Yがこれを争った。
 ①本件土地は、本来、第一種住居地域に指定され、高さ20m、建ペイ率60%以内、容積率200%以内の制限とされていたに過ぎないが、Y代表者Bは、本件土地がより厳しい制限がされる第一種中高層住居専用地域であると誤解して、地盤面から約10mに相当する「3階までしか建てられない。」などと説明し、そのためX代理人Hらは本件建物を本来可能であった4階以上とすることを断念するに至った。②本件請負契約締結時に、本件建物の概要及び縮尺200分の1の平面図・立面図が記載された書面1通がXに交付されたのみで、契約締結から約2か月後に設計図書が、Xの工事中止の指示があった時に見積書及び工程表が交付されたに過ぎない。③本件建物は、本件請負契約締結時点にオール電化式で、建築確認申請時点で基礎の工法につき地盤改良であるエスミコラム工法で建築されるとされていたところ、Yは、本件建物の着工前に、Xの同意を得ることなく、ガス給湯器を設置し、基礎工事をセメントミルク工法とする旨の設計変更を行った上、基礎工事の施工に及んだ。
 

1205_18_hanrei_title_b.jpg Yは、本件のような借上事業の一環として締結される建物建築工事契約については、施主側からの契約解除理由は制限的に解されるべきである、けだし、借上事業は、施主のみではなく施工業者にも利益をもたらすものであって、一般の住宅建築のように施主の意思のみを遵守することはできず、施工業者が将来得るであろう利益についてもこれを保護する要請が強く働くからであると主張した。
裁判では、前述の①本件土地に対する法令上の制限に関する調査不足、②設計図書、見積書(内訳書)、工程表を速やかに交付しない、③施主に無断で設計内容を変更し、施工に及んだなどの行為が、契約解除し得る債務不履行に該当するか否かが、主な争点になった。


 

1205_18_hanrei_title_c.jpg まず、裁判所は、Yが借上事業では契約解除事由は制限的にすべきであると主張した点については到底採用できないとし、前述の①から③についての事実を認定した上で、次のとおり判示した。
 被告Yの付随的債務の不履行は、施主である原告Xに対する著しい背信行為で、これにより原被告間の信頼関係は破壊され、施主である原告の意向に沿った建物を建築するという契約の目的の達成自体にも重大な影響を与えている。
 そうとすれば、原告Xは、かかる付随的債務の不履行による信頼関係の破壊を原因として本件請負契約を解除することができると解するのが相当であり、解除の意思表示により本件請負契約は解除されたということができる。この点、被告Yは、借上事業では、施主のみならず施工業者にも利益をもたらすものであるから、一般の住宅建築のように施主の意思のみを遵守することはできない、契約解除事由は制限的にすべきであると主張する。しかし、被告Yの付随的債務の不履行は甚だしく、本件請負契約の目的の達成に及ぼす支障は重大であって、これが契約当事者間の信頼関係を破壊したといわざるを得ない。被告Yの同主張は、建築を請け負った建物の所有者及び施主が原告Xであることを軽視し、賃貸契約も将来解除され得ることを看過するものであり、到底採用できない。
【参考】裁判の属性一覧 なお、併せて裁判所は、解除の範囲について、建物の建築工事請負契約につき、工事全体が未完成の間に注文者が請負人の債務不履行を理由に同契約を解除する場合において、工事内容が可分であり、しかも当事者が既施行部分の給付に関し利益を有するときは、特段の事情のない限り、既施工部分については契約を解除することができず、ただ未施工部分について契約の一部を解除することができるに過ぎないと解されるところ(最判昭和56年2月17日)、本件建物の工事は、杭工事が終了し、コンクリート工事に着手された程度であり、解除後も右既施工部分が利用されることはなく、本件土地も第三者に売却されたこと、また、同工事は法令上の制限について事実を誤認したまま設計がされ、原告の同意なく基礎の工法も変更されたものであることの事情からすると、本件請負契約の施主である原告Xが、本件建物の既工事部分の給付に関し利益を有するということはできず、かかる解除は本件請負契約の全部に及ぶものと解するのが相当であると判示した。

 

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