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カンタン解説 建設業者のための建設工事請負関係判例

第15回 注文書、注文請書の請負金額の記載は、紛争の原因になることが多いので慎重に記載したい!

(公財)建設業適正取引推進機構

 本件は、注文書、注文請書の契約金額について、架空の金額を記載したのか否かを巡って争われたものである。本件の注文書、注文請書は、工事が完成した後に下請契約の当事者を定めて作成されたというものであり、記載金額の決定についても複雑な交渉経緯があった後に記載されたものであるが、裁判所は、詳細な事実認定を行い、経費の粉飾のために行われた複雑な行為等を解明している。
 もちろん、注文書、注文請書は、正式な契約書であり、これらの取り交わしにより、契約は有効に成立する。これらの契約書に架空の工事費を含めて金額を記載してしまうと、後々当該請求書に基づいて金額請求をされたときに、契約が虚偽であることの証明は、通常大変な作業になる。
 本件では、その金額があまりに不自然なものであったこと等により、裁判所は民法上の通謀虚偽表示と認定し当該契約金額の記載を無効としたが、虚偽の金額を記載したものであったとしても虚偽であることの立証ができず、額面金額の支払いを余儀なくされることになってしまうことがあることを、忘れないようにしたい。注文書、注文請書の請負金額を、経費の粉飾のために虚偽に記載してはいけないのはもとより当然のことであるが、注文書、注文請書の請負金額は、慎重にかつ正確に記載しなければ、複雑な紛争に巻き込まれてしまうことの一例という観点からも、参考とすべき事例である。

事件の概要 Xは、11月中旬ごろ本体工事に伴う追加工事である別途電気設備工事(以下「本件別途工事」という。)を完成させYに引き渡した後見積書を送付したが、Yは完成後に見積書を送付してきたことについてクレームを付けた。
 同月28日Xは、本体工事はYの下請で施工したので、本件別途工事についても同様のかたちにして欲しいと懇願、12月3日Yは了承。その後、Y代表者Eは、X代表者Dに対し、Yの経費のためとして、500万円の架空の領収証の発行を電話で依頼し、Dはこれを了承。XがYに、本件別途工事を代金1,213万円で発注し、Xが請け負う旨の注文書・注文請書が取り交わされた。
 その後Yは、Xに対し、本件別途工事の代金として、合計713万円のみを支払い、残額の500万円の支払を拒んだので、XがYに対し、本件別途工事の請負契約に基づき500万円の支払を求めたものである。

 

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 Xは、本件別途工事の代金についての注文書、注文請書には、代金につき1,213万円余と記載されているのであるから、XY間で合意された請負金額の立証はこれで十分であり、これを覆すに足りる被告の主張立証はないと主張した。
 Yは、経費の付け替えのため、Xに依頼して、実体のない500万円の架空の領収書を発行してもらった。注文書、注文請書に記載された工事代金額1,213万円の中には、上記架空の工事費500万円が含まれており、YがXに事前に送付した書面からも明らかなとおり、Xも、そのことを承諾の上で、注文書・注文請書を取り交わした。したがって、本件別途契約の代金につき713万円を超える部分(500万円)の合意は、民法94条1項又は同法93条ただし書により無効であると主張した。
 これらの主張を踏まえ、裁判所は、本件別途工事の代金に付き500万円上乗せすることについて虚偽表示(民法94条1項)又は心理留保(民法93条ただし書)があったかどうかを争点とした。

 

 

 

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 本件について裁判所は、次の事由から、本件別途工事の代金につき虚偽表示又は心理留保が成立し、本件別途契約の代金に付き713万円を超える部分(500万円)についての合意は無効であると判示した。

 

①原告代表者Dが、被告代表者Eから被告の経費のためと依頼されて500万円の架空の領収証の発行に応じるとともに、架空の500万円を売上として計上することにより、原告が負担することとなる5%の消費税分25万円を受領していること。

②原被告間で注文書・注文請書が取り交わされる前に、架空の領収証の発行に係る500万円を加えた1,213万円余の注文書を後日送付する趣旨の記載された書面が送付されており、原告は、被告に対して、上記書面で指示されたとおりの費目・金額で請求書を送付していること。

③本件別途工事の被告の受注額が合計793万であり、原告への再下請価格はそれを下回るのが通常であるところ、1,213万9,040円とすると被告の受注額を420万円も上回ることになり不可解である。しかも、被告は、当初、本件別途工事について、元請と原告の間に下請として入ることを拒んでいたところ、原告から懇願されて下請として入ることを了承した経緯があるのであって、工事完成後の金額交渉であることからしても、被告の方が契約交渉上優位な立場にあったことは明らかである。それにもかかわらず、上記金額で被告が応ずるのは不自然である。また、原告は、本件別途工事について、当初こそ1,215万円弱の見積書を被告に送付したものの、被告から拒否されたため、全く同一費目で903万円弱と大幅に減額した納品書を送付しており、原告がいったんこの金額を提示した以上被告がこの金額を上回る金額で了承するとは考えにくい。

④行為の当否はともかく、被告の主張する経費の付け替え(法人税の不正申告)という動機自体は了解可能なものであること、証拠によれば、原被告間の本件別途工事代金を巡るやり取りの当時、Aには信用不安の風評があったことが認められ、これによれば、原告にとって、支払いを確保するため被告に原告と元請けとの間に入ってもらう必要性は高かったと考えられる。

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⑤被告の主張する契約金額でも直接工事費は賄われており、現場管理費分も相応の部分賄われることになること、実際に法人税が課されるか、課されたとしてどの程度になるかは益金・損金の状況によることを合わせ考慮すれば、原告が被告の架空計上の要求に協力し、実際には500万円少ない金額で受注したとしても強ち不合理とはいえない。

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