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カンタン解説 建設業者のための建設工事請負関係判例

第13回 紛争時における工事請負契約の存在の有無についての証明は難しいことに留意し、工事請負契約書は必ず作成したい!

(財)建設業適正取引推進機構

 本件は、A社及びB社が、Y市との間に締結された請負契約(以下「本件請負契約」という。)に基づきY市道の整備工事を施工し、完成させたとして工事請負代金を請求したところ、本件請負契約の締結の事実は無いとして、Y市が争った事例である。
 裁判所は、工事請負契約書等の必要書類が作成されていないことなどから、本件請負契約締結の事実を認めるに足りる証拠は無くA及びBの代金請求は理由がないと判示した。
 建設業法19条は、建設工事の請負契約の締結に当たっては請負代金等に係る紛争を防ぐこと等のために契約の内容となる一定の重要事項を明示した適正な契約書を作成しなければならないとしているが、実際には、民間契約では書面が作成されない場合があるとされている。本件訴訟は、公共工事である市の発注工事手続きについて、しかもやや特異な事情が存在する事例ではあるものの、工事請負契約書等の書面が無い場合において契約の存在の立証がいかに困難であることかがわかるという観点では、参考とすべき事例である。

事件の概要  裁判所が認定した事実関係によれば、Y市には、本来競争入札方式により契約締結すべき工事について、地方自治法等により少額の案件として随意契約(金額130万円未満)が認められる範囲に分割し随意契約として発注し、中には代金も請負業者も決められないまま工事の発注と施工が先行し、工事完成後に工事請負契約書等の必要書類が作成される事例があった。
 平成14年度に入ってから、市の内部でこの随意契約による小規模工事が問題となった。そして、本件契約締結の日とされる平成15年2月20日(又は25日)、当時Y市の当該契約担当者Eは市の監査に関する中心人物となっていたが、このE、原告A社及びB社の事実上の代表者Cらが本件工事現場付近に集まり、EからCに対して本件工事が発注されY市とA社及びB社との間で本件請負契約が締結されたとA社及びB社は主張し、Y市道の整備工事を施工し、完成させY市に工事請負代金を請求したところ、支払いは拒絶された。

 

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 原告は、平成15年2月20日(又は同月25日)に本件請負契約が締結されたと主張し、その代金1,042万円余の支払いを求めた。また、予備的に不当利得返還請求権にもとづいて、被告が利得した同工事代金相当額の支払いを求めた。
被告は、EはCに対し本件工事を発注したことはないから、本件請負契約は締結されておらず、本件工事は、従前から被告職員らに不当な圧力をかけ、入札を経ないで工事を受注し、代金額も自分の意のままに過大に受け取っていたCが、被告内部で小規模工事問題が発覚しとことも知らずに、従来どおりにEに圧力を加え、例え工事の発注はなくとも、既成事実を作ってしまえば、強引に押し切れると判断して見切り発車で施工した工事である。
したがって、本件請負契約が締結された事実はないと主張した。また、不当利得返還請求については、本件市道は、被告において整備する必要がないもので、それゆえに市道整備を断っており、被告において利得と認められるものはない。実質的にも、地方自治体が発注していない工事を業者が一方的に施工して工事代金を請求するような行為が容認されるはずはなく、利得そのものがない。仮に、被告に利得があるとしても、かかる請求は信義則上認められるべきではないと主張した。
 これらの主張を踏まえ、裁判所は、本件請負契約の成否及び不当利得返還請求における利得の有無を争点とした。

 

1205_18_hanrei_title_c.jpg 本件について裁判所は、工事請負契約書、着手届、完工届等の必要書類が作成されていないこと、A社及びB社の主張事実に添う証人についてはY市の当該契約担当者Eの現地で契約締結されたとされる日にその現場に赴いたことすらないという証言から契約締結についての確定的判断をすることが困難であること、物証とされた証人の日記からもEが、本件工事の施工を了承してその発注をした事実を認めることができないことを踏まえ、次のとおり判示し原告らの代金請求を認めなかった。
 平成14年度に入ってから、市の内部で随意契約による小規模工事が問題となり、原告らが本件請負契約締結の日であると主張する平成15年2月20日(又は25日)当時、Eはまさに市の監査に関する中心人物であり、いわば渦中の人となっていたのであるから、原告の主張のように、Eがたやすく本件請負契約を締結すると考え難い。
 なお、原告らは、本件工事施工の前提問題として、Eが本件駐車場からの排水溝設備を指示し、その指示に従って現に排水溝の整備がされた旨を主張するが、平成14年9月25日以降、EがCらと本件工事現場付近において会った事実を認めるに足りる証拠が無いことは、前記のとおりであり、上記排水溝の事実があるからといって、本件請負契約締結の事実までをも認めることはできない。
 不当利得返還請求については、本件工事は、Y市の意思に反して施工された工事というべきこと、また、本件工事現場付近は山であり、Eにおいても、市道整備の必要性を認めることができなかったこと、それにもかかわらず、B社は、本件工事に際し、その請負代金相当額である1,042万円余の費用を要したから、これがY市の不当利得額となる旨を主張している事案であることが認められ、かかる事実関係に照らして考えると、上記請負代金相当額をY市が利得したとのA社及びB社原告らの主張は、到底これを是認することはできず、せいぜい本件工事による本件市道の交換価値ないしその取得価額の上昇分をもって、被告がB社に返還を要すべき現存利益であると解するのが相当である。ところが、原告らは、本件において、その旨の主張も、立証もしていないから、B社の不当利得返還請求もまた理由がないというほかはない。

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