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建設生産システム再考

第1回|競争入札方式の扱いにくさ

現代建設けいざいラボ主宰 六波羅 昭

01.はじめに

 建設業就業者、特に技能労働者の高齢化と若年層の人材不足は深刻であり、当面の震災復興事業を始めとする国土強靭化事業、東京オリンピック・パラリンピック関連のインフラ整備、さらには建設産業の将来に対しても不安を高めている。まずは雇用条件の改善により職場としての魅力を高めなければならない。
 現在、公共工事を中心に調達制度の見直しが進められているが、その背景にあるのが、こうした建設施工能力の持続性への懸念である。市場の競争性を重視すれば極端な価格競争から賃金、社会保険などの労働条件の悪化が進む。これを阻止しようとすれば、受注側の入札談合や発注側の品質重視に名を借りた裁量にまつわる不正が懸念される。公正でかつ品質・価格において効率的な市場成果を得る調達方式を探す道はまだまだ続く。
 この連載では、工事調達方式の長い歩みの中でみられたさまざまな出来事を振り返りながら、直面する問題への示唆を探してみたい。第1回は、現在の調達規定の成立過程である。

02.短命に終わった一般競争入札

 1889(明治22)年に制定された明治の会計法と施行規則は、国の調達方式として一般競争入札を原則とすることを定めた。すべて公告して入札に付すこと、予定価格を封書として開札場所に置くこと、予定価格の範囲内で最低価格札を落札とすることの三点からなる。特例として随意契約の規定を置いたが、これは非常緊急の場合、特殊技術を要する場合、少額の場合その他例外的なものであった。それまでは特命による随意契約が常態化していたため新法が施行されて建設業界は大混乱に陥った。一般競争入札を原則とした理由は、法案説明によれば官吏の不正防止と最低価格落札による経費節減であった。発注者の裁量により特命発注先が決まることから不正な行為が蔓延したものであろう。
 混乱の第一は、請負業者が無制限の安値競争に陥り、赤字受注が常態化したことである。また、これを回避するために予定価格を察知して同業者間で落札者を申し合わせ予定価格近傍で落札するようにして利益を山分けする「輪」(入札談合)と呼ばれる方法がはびこるようになった。
 混乱の第二は、粗雑工事である。入札参加資格についての規定がなかったため、入札だけして施工は別業者に投げる。さらには経験の乏しい新規参入者が相次ぎ、質の悪い材料の使用、手抜き工事などが指摘された※1
 こうした状況下、会計規則に入札参加資格に係る規定を追加し※2、また、勅令をもって随意契約の範囲を拡大したため、随意契約が次第に増加することとなり、さらに1900(明治33)年には指名競争入札を導入するに至った。こうして以後100年に及ぶ指名競争入札の時代が始まるのである※3
 現在と同様の一般競争入札を原則としながら指名競争入札、そして随意契約の三方式を法定した改正会計法は大正10年4月に公布されている。

03.指名競争入札が長命を保った理由

ダンピングか入札談合か

 競争入札は、最低価格で入札した者が落札するから発注者は安価で仕様通りの建設物を手にできる。応札者が多ければ、さまざまな事情から極端な安値落札、つまりダンピング落札の可能性が高い。短期的な資金繰りのための受注、長期継続的な顧客獲得や取引実績づくり、市場シェア拡大戦略、さらには積算ミス等々である。入札には勝ったけれど赤字を抱え込んでしまうゲーム理論でいう「勝者の呪い」に泣くことになる。
 応札側から赤字を回避しようとすれば、話し合って赤字回避の落札価格を協定する入札談合が手っ取り早い。ダンピングを避けるために入札談合へ向かうことになる。競争入札で最低価格落札方式をとるのならば、発注者はダンピングと入札談合の両方に対処しなければならないのである。そうでなければ技術、経営がまともな建設会社は入札に参加しないから発注者は品質確保、工期遵守など契約管理に大きな手間と費用をかける結果となる。

予定価格と完成保証人

 指名競争入札では、発注者の指名行為が介在することにより極端な市場行動は排除され、実績があり信頼できる請負業者を指名することによって工事監督などの発注者業務の負担が軽くなる。競争入札である以上ダンピング競争に陥る可能性はあるが、入札参加者が限られており、あらかじめ誰が参加するか察知可能であることから入札談合がやりやすい。
 さらに予定価格制度と工事完成保証人制度の存在が談合をシステムとして成立させ、場合によっては発注者の関与を得た強力なシステムとして機能するに至った。予定価格の範囲内であれば発注者も受注者も不正を強く意識せずに済む時代が続いた。また、工事完成保証人制度は、指名された仲間うちから高リスクを伴う保証人を探さなければならず、全員が強い連帯感のもとで談合などの協調行動から外れることを不可能にした。指名競争入札が長命を保った背景には、このような談合をシステム化する条件があったと考えられる。

※1 以上の記述は、菊岡倶也著「わが国建設業の成立と発展に関する研究」(2005年)を参考にしている。同論文によると会計法の草案起草者である阪谷芳郎による会計原法草案説明には次が述べられている。

財産物品の売買を公明に行うには官吏の私曲を防ぎ政府の公平を人民に明にし収支上節倹をなすことが最も欠くべからざること。
米国において政府の工事を請負って暴富を得た者が出現したことは広く知られている。
公平をのみ旨とするときは、かえって僅少のことにまで手数を費やして不経済を来す。
だいたいは伊仏法と異なるところはない。

※2 1893年の会計規則改正により、入札者資格として2年以上の業務経歴を各省大臣が省令で定めることができることとした。1902年には参加資格を2年以上の業務経歴を有する者として、さらに、欠格条件として故意に工事を粗漏にしたもの、競争の際みだりに価格を競り上げ競り下げの目的で連合(談合)したものなどを規定した。

※3 1994年の「公共事業の入札・契約手続きの改善に関する行動計画」により94年ぶりに一般競争入札を再び実施することとした。しかし、この時点ではWTO政府調達協定の対象となる大型工事を一般競争入札に付すこととしたので実施件数は限られたものであった。2005年に制定された公共工事品質確保法以降一般競争入札総合評価落札方式が急速に拡大したが、これは100年を越えた時点であった。

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