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建築工事の調達方式 —これまでの経験に学ぶ—

第10回(最終回)|失敗から学ぶ

現代建設けいざいラボ主宰 六波羅 昭

 公共工事の調達制度は、明治会計法令の成立を起点としても125年を経て、いくつもの山や谷を越えてきた。1890年の明治会計法の施行によって初めて一般競争入札が実施され、請負業界は大混乱に陥った。安値競争、粗雑工事、丸投げ、「輪」(談合)の横行などである。以降の調達制度をめぐっては同様な混乱とそれに対処する制度の改変を重ねてきた。制度の弱点を突く発注側・受注側の行動が社会的な損失を伴う重大な結果を招き、制度の変更を余儀なくされるというサイクルを繰り返してきたということができる。制度の弱点の存在は、制度設計上の問題もあり運用上の問題もある。それが原因で社会的経済的損失を発生させたのは調達制度の「失敗」であって、失敗の構造を理解してこれに対処しなければならない。
 失敗の原因を作る当事者と考えられるのは、発注者、受注者および制度の設計・運用を行う国や地方公共団体の制度管理者である。調達制度は、市場の関係者に対して関係法令などの規範に基づく秩序を求めている。しかし、発注側、受注側の行動目的がそれぞれ異なるうえ、調達制度自体の目的も別に存在する。当事者それぞれの行動目的にズレがあり、このズレが重大な「失敗」の原因になっている。
 公共工事調達制度の目的について会計法令では規定がなく、「良いモノをより安く」という表現が一般に用いられてきた。2004年に至って公共工事品質確保促進法が制定され、その第3条(品質確保の基本理念)に「公正さを確保しつつ良質なものを低廉な価格で調達し提供すること」とする規定ができた。
 発注者の調達行動の目的は、本来、この「...良質なものを低廉な価格で...」という規範に示される発注者責任を果たすことである。しかし、「...良質なものを低廉な価格で...」の理念に関しては、公共発注者のインセンティブに欠けるうえ、政治的な応援団が少ない。2014年の品質確保法の改正で第3条基本理念に追加された「担い手確保」、「地域維持」、「ダンピング防止」などの方が政治的な支えがあり発注者としては熱心に取組める。発注者責任の内容の広がりとともに、発注者は公正な競争のほか品質確保に係る多方面にわたる責任に対処しなければならなくなっている。

 次に、具体事例を引きながら調達制度をめぐる失敗について考えてみよう。

ダンピングか談合か

 競争入札方式は、競争を重視すればダンピングに陥りやすく、逆に、品質重視に偏れば競争の範囲を狭める結果、談合を招きやすく、取り扱いが難しい。多くの入札参加者が一般競争入札のもとで競争すれば、さまざまな理由から安値が成立する。品質重視から指名競争入札にこだわれば、赤字と競争を回避して公平な落札順番制をねらう談合の出番になる。
 このような競争入札方式の難しさに対処するため、一般競争入札によって競争性を確保し、総合評価落札方式によって品質を確保する一般競争入札・総合評価落札方式がひとつの着地点とされている。さらに、民間の優れた技術力を活かす技術提案交渉方式が導入された。しかし、問題がなくなったのではなく、新たな難問に対処しなければならない。それは発注者の「裁量」を公正で透明性の高いものにすることである。総合評価にしても交渉方式にしても発注者の裁量判断が重要な意味を持つ。第三者委員会による評価や情報公開などの仕組みは用意されているが、これを十全に機能させて徹底した透明性の確保がなされなければ制度を長持ちさせることはできない。
 また、最近の品質重視、地元重視の結果は、指名競争入札の復活、落札率の上昇そして官製談合の多発という10年前の状況に逆戻りするかのような動きを見せている。今や再び談合の出番を封じることが最優先課題となりつつある。

常習的上請け

 元請中小業者が大手業者に下請発注することを上請けといっている。特殊な工事で施工能力を持つ会社が限られる場合など工事の一部の上請けが合理性をもつケースは存在する。問題視されるのは、施工能力が十分でない中小業者が受注して、ほとんど丸投げ(一括下請け)に近い上請け発注をするケースである。丸投げ(一括下請)はいうまでもなく違法行為である。建設業法第22条では、政令で指定している共同住宅新設工事を除いて、事前に発注者の書面による承諾があれば認められるが、公共工事については入札契約適正化法によって全面的に禁止されている。それにもかかわらず、常習的な上請けは、道路舗装工事など公共工事で行われる場合が多い。しかも、発注者の黙認のもとで行われることが多いとみられている。
 発注者が上請けを黙認する理由は、地元業者に利益をもたらすことに尽きる。発注工事を分割して地元業者のランクに合わせる。受注した複数の地元業者は協議して上請け先の大手業者を決め、同じ大手業者と契約する。大手業者は複数の同種工事をまとめて施工することにより施工効率を確保する。地元業者は、ほとんど何もせずに2割ともいわれるマージンを得ることになる。さらに、発注単位を細分化すれば工事全体の積算金額が増加するし、発注事務経費も膨らむ。
 この問題の根源は、発注目的の取り違えにある。発注者がいくつかの発注目的に直面していることは前述した。官公需法を含め政治の力でそのような制度ができている。しかし、「良質なものを低廉な価格で」調達することが大原則である。これとの両立が可能な場合に限って地元優先などの目的に対応することができると考えるべきである。

外国企業の参入過少による公共工事のガラパゴス化

 日米構造問題協議、GATTウルグアイ交渉を経て1996年にWTO政府調達協定が発効し、いよいよ外国企業との本格的な競争の時代が到来すると考えられた。しかし、その後も、少数の韓国企業、米国企業などを除き外国企業の公共工事参入はほとんど進んでいない。
 建設業許可を取得した外国企業の数は、1996年に76社であったものが、2014年3月末時点で132社と7割増加している。しかし、企業数自体がわずかであり、しかも機械設備設置工事、電気通信工事など設備工事分野が多く、総合工事業とみられるのは韓国、米国などのわずか10数社である。公共工事の受注に必要な経営事項審査を得ている企業はこの10数社を含めて合計30社に過ぎない。
 外国企業の参入が進まない実態の背後にあるのは、第1に建設市場の縮小による供給過剰と競争激化にさらされた市場の魅力のなさであり、第2には調達方式と建設業許可制度、経営事項審査制度、技術者制度など営業に必要な資格制度の存在である。資格制度はいうまでもなく内外無差別であるが、営業所の設置、専任技術者の配置など長期継続的な事業構想がなければ顧客の満足は得られないし参入は困難であろう。
 今後も東京オリンピック・パラリンピック、リニア新幹線、インフラ維持更新などの関連需要はあるにしても、予想される人口減少社会において長期的な建設需要の増加を予想するのは難しい。建設業に係る資格制度も企業評価と工事品質に直結する市場インフラだが、参入障壁としない工夫の余地はまだあるだろう。調達方式においてもWTO協定にかかわらず内外無差別を拡大すべきある。
 それでは、市場がほとんど国内企業で占められる結果として、何が問題になるのだろうか。答えは外国企業との競争が生じないことである。プロジェクトの形成、生産体制の構成、技術面、制度面、あらゆる側面でガラパゴス化が進む。外を知らずに満足していても、国際的には生産技術においても、経済的効用においても劣化が進む。さらに国際的な競争力において差が拡大する懸念もある。今、日本の建設産業は、縮小する市場から脱出する力を必要としている。折しも巨大な経済連携協定TPP交渉が進んでいる。この機会をとらえて国内で培った国際競争力を発展するアジア市場で発揮できる態勢を作っていきたいものだ。

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