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建築工事の調達方式 —これまでの経験に学ぶ—

第6回|入札談合と公共工事調達制度

現代建設けいざいラボ主宰 六波羅 昭

01 なぜ、入札談合が行われるのか

 「…利潤を無視したいわゆる叩き合いの入札の場合に到達すべかりし落札価格を、通常の利潤の加算された価格にまで引き上げようとの意図をもってする協定は、公の機関において当然受忍すべきものであり、敢て刑法の干渉すべからざるものというべく…」
 これは、滋賀県草津市の上下水道工事談合事件に対する大津地裁の判決文(1968年)の一節である。赤字受注の回避(通常の利潤確保)を目的とする入札談合を無罪とし、控訴がなく確定判決となった。この大津地裁判決がいう赤字回避こそ公共工事において入札談合が行われる主要な理由である。大津地裁の無罪判決が確定したことも、この種の談合が入札談合システムとして公共調達制度に組み込まれ、長く存続することに力を貸すこととなった※1
 請負った工事が赤字になる原因はいくつもある。請負者の当初工事費見積りの誤り、現場の確認不十分、施工管理の甘さ等々請負者の技術力、管理力、財務力の不足によるケースは数知れない。しかし、請負者にとって不可抗力といってよい赤字原因が公共工事に特有の問題として存在する。代表的なものを2つあげる。これをみれば、入札談合は発注側の理不尽な市場行動に対する受注側の防御的な市場行動と捉えることができよう。
請負契約の片務性として指摘されてきたもので、たとえば発注者側に責任がある契約内容の変更があっても契約書の変更(契約額を含めて)を行わず、請負者の負担としてしまう。
発注者の事情から安値発注を優先する場合、競争入札により安値(ダンピング)競争に持ち込み、低入札価格調査も形だけで安値で契約する。赤字であっても仕事がほしい会社もあるから契約は成立するが、下請へのしわ寄せや手抜き工事などのリスクは大きい。そして何よりも問題なのは、まともな仕事をしようとする会社の存続が脅かされることである。

02 村の論理

 刑法では無罪とされた入札談合システムは、指名競争入札、予定価格、工事完成保証人などの仕組みに支えられて公共工事調達制度に組み込まれていった※2。不落の心配はなく、施工中も完成後も工事金額、品質その他のリスクは、請負者に押し付けることができ、発注者にとっても大きなメリットがある。
 しかし国民一般からみれば、公共工事村の自分たちに都合が良い理屈に過ぎない。公正な競争を回避して、競争による価格および品質における成果向上に背を向けるやり方である。さらに発注側職員と受注側との癒着がさまざまな問題を引き起こす。請負契約の片務性の問題、ダンピングを煽るような競争入札などはそれぞれ解決すべき重要な課題であるが、解決策として入札談合を選択することはありえない。


※1 1941年の刑法改正により談合罪が規定され、「公正な価格を害し不正の利益を得る目的」で行われた談合が処罰の対象とされた。1944年の大審院判決では「公正な価格とは自由な競争により形成される価格」と判示し、競争価格説を採用した。1953年および1957年の最高裁判決も競争価格説を再確認した。一方、1968年の大津地裁判決は適正利潤価格説に立つものであるが、確定判決となった。

※2 一般競争入札の成果がきわめて劣悪であったため、1900年に勅令をもって指名競争入札を定めた。以後、指名競争が入札方式の中心となり、限定された指名資格者により談合グループが形成されるようになった。
 予定価格と入札談合については前々回に述べた。予定価格の上限拘束性によって発注者の損害を小さくする効果はあるが、入札談合を発注者、受注者ともに受け入れやすくする。
 人的な工事完成保証は古くからあったが、1949年に制定された建設業法に工事完成保証人が規定され、翌年策定の公共工事標準請負契約約款にも条項が置かれた。完成保証人のリスクはきわめて大きいから、入札談合グループ内で引き受けることが多く、グループからの離脱を困難にした。1994年1月閣議了解された「公共事業の入札・契約手続の改善に関する行動計画」において工事完成保証人制度を廃止し、新たな契約保証制度を導入することとなった。



03 改正独占禁止法の施行(2006年)と入札談合システムの弱体化

 独占禁止法は1947年に制定され、不当な取引制限として価格カルテルの摘発がなされてきたが、建設工事の入札談合が対象になることは1970年代末までなかった。オイルショック時の石油カルテルの多発に対処するため、1977年に課徴金制度が創設され、以後、独占禁止法の運用が厳しさを増した※3。さらに、1980年代後半には海外企業の参入障壁の問題が日米建設協議、日米構造問題協議、GATTウルグァイ・ラウンド交渉などの場で議論され、米国等から独占禁止法の運用強化を強く求められた。
 1992年の埼玉土曜会事件以後2006年までの間、年10件ほどのペースで公共工事入札談合事件に対して独占禁止法に基づく排除勧告(06年以降は排除措置命令)および課徴金という法的措置が講じられている。この間、2000年には国、地方公共団体の入札契約情報の透明性の向上を目的に公共工事入札契約適正化法が制定された。2002年の官製談合防止法制定後は、多くの官製談合事件が摘発され、関与職員は損害賠償を求められることになった※4。これらの立法措置を経て入札談合に対する摘発はさらに厳しくなり、2001~05年度の5年間に67件にのぼっている。すでに公共投資が長期の減少局面にあった時期であるが、この5年間は3割減となる急減期であって倒産も多発しており、入札談合グループ内の受注の公平を維持することは困難になって、グループ内の不満が外に出ることも多かったと推測される。同じ時期、安値競争が常態化し、工事品質の劣化や下請へのしわ寄せが深刻な問題になってきた。国土交通省および都道府県発注工事の平均落札率(国土交通省調査)は2002年度から2006年度の間に95%から90%を切る水準にまで低下している。
 2006年1月に情報提供者に対する制裁減免(リニエンシー)制度、公正取引委員会の犯則調査権限、課徴金等罰則強化などを規定した改正独占禁止法が施行された※5。これを契機に主要建設業団体は、談合離脱宣言を公表するに至り、談合システムの弱体化を一層進めることになった。リニエンシーの通告は施行後急速に増加しており、談合抑止効果は大きい。

04 今後の課題

 改正独占禁止法の施行後、2007年から2010年の4年間の入札談合事件は6件に止まったが、以後、件数は増加している。入札談合システムは弱体化したとしても消えるものではない。さらに、公共事業が低水準にとどまるなかで談合金のやり取りをするような「悪い談合」の復活を懸念する見方もある※6
 まず、入札談合システムを必要悪とさせた要因への対処として、片務的な契約を双務的なものへ是正すること、価格だけによる安値競争を排除し、価格および技術力・下請を含む生産組織などを評価する競争方式へ移行すること、この2つを急がなければならない。
 に関しては、ワンデーレスポンス、設計変更協議会など発注者・受注者間の施工情報共有と速やかな対処を進める取組みが定着しつつある。これらに地方公共団体を含めて広く積極的に取り組み、さらに契約条項の見直し、パートナリング手法の採用などの諸方策へと進展すべきである。に関しては、総合評価落札方式と価格競争をいかに有効に組み合わせるかが焦点である。競争入札だけでなく競争的交渉方式も考慮して、価格と価格以外の要素の総合的なベストバリュを追及するべきである。
 これらの取組みにより、談合の意味が薄れる状況をつくり出すことができるのではないだろうか。


※3 この時期の入札談合事件として、1979年の熊本県道路舗装談合事件、同年の水門工事談合事件、そして、1982年の静岡事件がある。
※4 官製談合防止法改正(2007年3月施行)により関与職員の刑罰規定が設けられた。
※5  建設工事入札談合に対する課徴金の算定率(売上高に対する比率)[]は中小企業

1977年改正 | 1.5%       課徴金制度の創設
1991年改正 | 6.0%[3.0%]  日米構造問題協議を踏まえた改正
2005年改正 | 10.0%[4.0%] 但し過去10年内の再度違反の場合は5割増

※6  郷原信郎(2004)『独占禁止法の日本的構造』 清文社

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