行動計画の決定
公共調達方式に関しては、前回述べたように戦前から長く指名競争入札方式が定着し、安定して運用されてきた。競争入札ではダンピング競争に陥りがちであるが、そうならなかった背景には前回述べた入札談合システム※1の存在があった。
1985(昭和60)年にプラザ合意があって、日米間の為替レートの円高誘導、貿易不均衡の是正が最重要課題となった。1980年代の後半に行われた日米建設協議、日米構造協議、GATTウルグァイ交渉という対外協議においては、指名競争方式の持つ新規参入制限など競争制限的な影響が問題視され、入札談合への厳正な対応及び競争促進的な調達方式の採用を強く求められた。これらの対外協議を経て閣議了解となった「公共事業の入札・契約手続の改善に関する行動計画」※2が1994(平成6)年4月から実施され、一般競争入札の実施、工事完成保証人制度の廃止と履行保証制度の整備などにより市場の競争性を確保するとともに、同時に独占禁止法の運用強化による入札談合への厳しい姿勢を明確にした。ここに1900(明治33)年の勅令によって行われた指名競争入札導入以来の入札契約制度の抜本的改革が実施されたのであった。
発注者の裁量が持つメリットとデメリット
指名競争入札は、施工実績などをもとに企業をランク付けしておき、発注工事規模に応じたランクの中から信頼できる企業を発注者の裁量によってなるべく10社以上(予算決算及び会計令第97条)を選んで指名する。この方法は、発注者からみれば入札事務量も少なく効率的に仕様書に沿った品質確保ができる優れた方式といえようが、限られたメンバーによる競争であるため入札談合など受注側の協調行動を招きやすい。このことは同時に、明治会計法制定時に一般競争入札を原則とした理由の一つとなった発注者の持つ裁量権が不正につながる恐れを内包している点も重大な問題である。その結果、コスト削減や品質向上へのインセンティブを欠くという問題や指名基準などの運用の透明性に欠ける点が指摘されてきた。
工事完成保証人制度
工事完成保証人制度は、会計法令などに規定はないが明治以来多く採用されてきたものと考えられる。江戸期の寺社の請負書にも工事の完成を誓約する保証人の請書がある例がみられ、戦前の公共工事請負契約書にも保証人の規定を置く例がある。1949(昭和24)年に建設業法が制定されたが、第21条に完成保証人の規定を置いた。おそらく実態を反映したものであろう。翌年、制定された建設工事標準請負契約約款でも第3条(現行公共工事標準請負契約約款4条(B))として完成保証人を規定している。
完成保証人制度に関しては、早くから入札談合との関係が問題点として指摘されてきた。例えば、1965(昭和40)年12月に中央建設業審議会で建設業法改正(登録制から許可制への転換など)へ向けた審議が開始されたのだが、冒頭、建設省(当時)によって示された「建設業法の当面する問題点」は、工事完成保証人について、次のような不合理な点があるとしている。
①役務提供による重大な保証を無償で行うことで、前近代的な制度のなごりであり、過重な負担を建設業者に負わせている
②指名競争入札のもとでは、その後の指名への影響を恐れ、保証債務の引き受けの拒否及び解除申し出をする自由が実質上存しない
③指名競争入札に伴う談合の交渉手段の一つとして利用される面がある
そこで、同業者による保証制度に代えて履行ボンド制度を作り、現行の不合理な制度をやめる必要があるとしている。
しかし、この時の制度改正には完成保証人制度は含まれず、ほぼ30年後の1994(平成6)年の行動計画※2によって、一般競争入札の実施、指名競争入札の改善・縮小、契約履行保証制度の充実と同時に、国の契約では完成保証人は廃止されるに至るのである。
競争入札をいかにして機能させるか
会計法と地方自治法は、公共調達方式を一般競争入札、指名競争入札及び随意契約の三方式に限定しており、選択の幅は狭い。指名競争入札方式の欠陥があからさまになり、国は一般競争入札方式への復帰を決めた。地方公共団体も大勢は同様である。しかし、一般競争入札方式の扱いにくさは前回述べたとおりで、競争性を重視すれば安値競争に陥り品質確保に不安が残るし、入札談合への警戒も必要になる。
どの方式にもメリットと同時にデメリットがあるのであって、ここで重要なことは競争入札を機能させるために必要な条件を明確にしておくことだろう。これまでの検討の経緯を踏まえれば、その条件は、透明性、競争性、効率性と品質確保である。通常は価格競争の形をとるから競争性と効率性は同義である。透明性は、入札方式の公正性が外部に示されるという重要な意味を持つ。
これらの条件に照らせば、指名方式には透明性の点で大きな欠陥があり、一般競争入札方式には品質確保の点で問題があることがわかる。
総合評価落札方式
一般競争入札方式の持つこれらの問題に対応する方法として、一般競争入札・総合評価落札方式が広く採用されるようになった。競争性と効率性は一般競争方式でカバーし、品質確保は総合評価によってカバーする。評価基準を明確に示すことができれば透明性も得られる。問題は、第一に評価基準をどこまで明確に示すことができるかという点。 第二に評価作業の煩雑さ並びに評価結果の客観性を保持できるかどうかの二点である。
さまざまな形の総合評価方式が試みられ、また、評価の客観性を保持するために第三者委員会などの審査体制も採用されている。現在、発注者だけでは仕様確定が難しいケースや総合評価方式の事務的煩雑さなどへ対応するために、交渉方式及び段階選抜方式などが制度化されようとしている。これまでの経験を踏まえれば、制度・方式は常に陳腐化の過程にある。今後とも問題点を見つけて改善策を用意し実行し検証する。このPDCAサイクルを回し続ける必要があるだろう。
※1 郷原信郎「独占禁止法の日本的構造」2004(平成16)年 清文社
※2 1994(平成6)年1月閣議了解
<主要な内容>
●大規模工事について一般競争入札実施
●公共工事入札参加者へ経営事項審査の受審の義務付け
●指名競争入札の改善(公募型、工事希望型の導入、指名基準の策定公表、第三者による苦情処理等)
●技術提案型総合評価方式の導入
●工事完成保証人制度の廃止と履行保証制度の充実
●制裁処置の強化等