前回までに述べたように、一般競争入札を原則とする現在の公共工事入札契約制度は、競争性の保持と品質確保という2つの目標達成に向けて難しい取り組みを必要としている。予定価格に対する落札価格の比率である落札率(落札価格/予定価格(%))は、通常、競争性の指標として理解されている。落札率が低位にあれば激しい競争の結果と受けとられ、逆に落札率が高位にあれば競争阻害要因の存在が疑われる。
図-1は、国土交通省調査による直轄工事と都道府県発注工事、および全国市民オンブズマン連絡会議の調査による都道府県の発注工事の落札率の推移である。直轄工事の場合は、2006年度の88.8%を底にやや上昇に転じ、以後は90%前後の水準にある。都道府県発注工事(国土交通省調査)については、2008年度の88.2%が底になって上昇に転じている。全国市民オンブズマン連絡会議の調査は、都道府県については工事規模1億円(東京都は3億円)以上を対象にしている。また、落札率の平均値は予定価格の総額と落札額の総額の比率、即ち加重平均である。
ここに示された推移を概観すると、以前には95%を上回る高い水準にあった落札率が2002年度頃から低落し、2005年度、06年度に急落した後で底を打った。その後、2010年度までに反転上昇し、2012年度には90%前後となっている。2002年度頃から始まり2005年度以降激化した落札率の低落の背景には次の市場競争促進策があった。
また、直轄工事については2006年度以降、都道府県等の工事については2008年度以降、落札率が上昇基調に変化した背景には次の低価格入札への対処策がある。
2001年2月 |
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「公共工事の入札及び契約の適正化の促進に関する法律」施行 |
2003年1月 |
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「入札談合等関与行為防止法(官製談合防止法)」施行 |
同年10月 |
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国土交通省は一般競争入札を3億円以上の工事に拡大 |
2005年12月 |
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主要建設業団体首脳が「談合離脱宣言」 |
2006年1月 |
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「改正独占禁止法」施行 |
同年4月 |
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国土交通省は一般競争入札を2億円以上の工事に拡大 |
同年10月 |
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12月までの間に三県の知事を談合関与により逮捕 |
同年同月 |
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全国知事会「公共調達改革に関する指針」発表(一般競争入札範囲の拡大等) |
2005年4月 |
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「公共工事の品質確保の促進に関する法律」施行 |
2006年12月 |
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国土交通省が「緊急公共工事品質確保対策」策定(特別重点調査の開始等) |
2008年4月 |
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国土交通省がすべての発注工事に総合評価落札方式を実施 |
2009年4月 |
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最低制限価格及び低入札価格調査基準価格の引き上げ(設定範囲2/3~85%⇒70~90%、 現場管理費の計算式60%⇒70%) |
2011年4月 |
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最低制限価格及び低入札価格調査基準価格の引き上げ(現場管理費の計算式70%⇒90%) |
2013年5月 |
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最低制限価格及び低入札価格調査基準価格の引き上げ(一般管理費等の計算式30%⇒55%) |
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図-2は、国土交通省直轄工事696件を対象に、工事成績評定が各地方整備局等ごとの平均点以上と平均点未満の工事の割合と工事コスト調査により下請会社が赤字であった工事および黒字であった工事の割合について、落札率5%刻みで整理したものである。
これでみると、落札率90%未満では落札率が低いほど工事成績評価点が平均未満の工事の割合が増えており、また、下請企業が赤字の工事の割合についても高い傾向がみられる。国土交通省では、この傾向を重視して低価格入札、ダンピングへの対処措置を講じてきた。
他方、落札率と工事品質との間に明確な相関関係がないとする調査結果も多い。全国知事会は、2008年に都道府県の状況を調査※1した結果として次のように述べている。
● 一般競争入札の拡大に伴う品質の低下は数値に表れていない。
● 総評としては、
①一般競争入札の拡大により、競争性が高まり、総合評価の拡充により品質の向上が図られている。
②品質の低下や倒産件数の増加などマイナスの影響は今のところ顕在化していないが、改革を急激に進めると影響が出る可能性もある。
この調査では、品質に関しては、一般競争入札全面適用時期別に、工事成績評定点の過去2カ年の比較をしている。一般競争全面適用時期が早い都道府県ほど平均落札率が低い傾向がみられるが、工事成績評定点との関係は読み取れない。
図-3は、山形県「公共調達に係る入札契約制度に関する報告書(2013年6月)」に示される5%刻みの落札率レベルごとの平均工事成績評定点である。2011年度の落札率65%超70%以下が最も平均点数が高く82.5点で、落札率が高くなると点数は低下している。2012年度についても落札率が高い方が評定点は低いが、全工事件数1,119件のうち1,110件は落札率85%超であり、この範囲でみれば落札率と工事成績評定点との関係ははっきりしない。2011年度に関しては落札率85%超についても、落札率が高いほど評定点がわずかに低下している。総じていえば、落札率と工事成績との間に明確な関連性はない。
最後に、入札方式および入札参加者数と落札率の関係についてみてみよう。一般競争入札方式の方が指名競争入札方式よりも落札率が低くなる傾向がうかがえる調査結果はあるものの、大きな差があるわけではない。さらに、指名方式の実施件数が減少しており比較が難しくなっている。次に、入札参加者数と落札率の関係については、国土交通省発注の建築工事に関して、入札参加者数が増加するにしたがって落札率が低下する傾向が示されている※2。
図-1が示す落札率の推移は、近年において最低制限価格および低入札価格調査基準を引き上げてきた結果、価格競争がなされる価格帯を狭くしてしまったことを示している。このことは抽選落札の増加を含めて競争性に関してはマイナスの影響を持つ。一方で、総合評価落札方式が広く行われており、価格だけの競争の時代を脱しつつある。客観的で透明性を持った調達制度設計によって、公正な競争を維持しながら、ベスト・バリューの実現を図らなければならない。
※1 全国知事会公共調達に関するプロジェクトチーム「「公共調達改革に関する指針」に基づく都道府県実施状況調査及び取り組みの影響調査の結果について」2008年7月第7回会議資料
※2 森本文忠(2013年7月)「公共建築工事の入札結果に関する考察」財団法人建築コスト管理システム研究所編『建築コスト研究年報』第11号